じっと女の子から見つめられる。
そんなことは学校のみならず街中でもよくある経験で、正直今更照れる意味もない…はずだが、今日の黄瀬は少しだけ戸惑っていた。

何故なら女の子は大きな瞳にうっすらと涙を浮かべていて、切なそうな、悲し気な表情だったからだ。
まさか過去に遊んだ子だろうか?いやいやオレ、こんな真面目そうな子には手を出さないし。

なんて思考を巡らせているうちに女の子は目の前まで歩み寄っていた。
ただならぬ雰囲気に黄瀬を囲んでいた派手な女子達は遠慮がちに距離を取る。


「……ポン太?」

「え、」

こちらから何か用かと聞く前に女の子はポツリと呟いたが、涼太の言い間違いにしては酷いなと思っていた。
更に席に座っていた黄瀬の頭を撫でた途端に、女の子の瞳からポロリと雫が一粒零れ落ちる。

女に泣かれるのが苦手なのは男なら当然で、黄瀬も同様なのに何故かその涙を綺麗だなんて考えていたら、いきなり思いきり抱き着かれていた。


「ポン太ーっ!!」

女の子の柔らかな胸元に顔を埋めて、やっと黄瀬はこの異常事態に慌て出す。
周りの女子達は呆気に取られてそんな2人を眺めていた。
座っていた為に後ろには退けず、仕方なく力を加減しながら女の子の肩を押しやる。


「あの…。オレ、ポン太じゃなくて、涼太なんスけど」

そう言えば女の子はパチクリと瞬きを繰り返し、穴が開く程に顔を見てきた。
それが黄瀬と名前の初対面だった。



* * * * *



「……猫?」

「そうなの。名前ちゃんが飼ってた猫のポン太に、きーちゃんが似てるんだって」

ほら、と携帯を差し出されて見てみればオレンジっぽい色の猫の写メ。
ちょっと毛並みが長く琥珀色の大きな瞳は確かに黄瀬に似ている。


「凄く可愛いがってたんだけど、去年死んじゃったらしいの」

名前のクラスメイトの桃井はジワリと涙を滲ませて言った。
多少の同情心を浮かべるも飼い猫に似てるからって、初対面の男子に抱き着くのはどうなんだと突っ込みたい。


「さっちゃーん」

そこに本人が現れて黄瀬達の近くまでやって来る。
改めて見ると普通に可愛い女の子だ。


「あ、ポン太」

「じゃないっス」

「ごめんね、えと…黄瀬君。昨日はいきなり」

素直に謝られては許すしかなく、いいっスよと答えて部活に向かった。
それからは桃井や青峰も交えて一緒にお昼を食べたり交流が増えたが相変わらずポン太と呼ばれてしまう。

弁当の唐揚げを食べれば
「ポン太も鶏肉が好きだったの」
「涼太は牛肉も好きなんスけど。意外に肉食系みたいな」
「女の柔肌が一番大好物だろうがヤリチンモデル」
「ま、そっスね…って!ヤリチンじゃないっスよ!」
「きーちゃんも大ちゃんもサイテー」
「2人とも去勢しちゃうぞ?」
「「許してください」」

黄瀬がモデルだと知らない名前にファッション誌を見せれば
「ポン太…立派になって。やっぱりイケメン猫だわ」
「まぁ、涼太は色々と立派っスけどね。特に脱ぐと」
「きーちゃんキモい」
「桃っち痛い痛い痛い!フォーク刺さないで!」

等と必ず黄瀬本人ではなくポン太への言葉が出てくるのに突っ込みつつも、次第にそれを不満に感じ始めていた。
泣く子も足を開くイケメンモデルに靡かないとか、キセキの世代と呼ばれる自分に興味を示さないとか。
そういう不満とは違い、でもはっきりと説明出来なくて黄瀬本人がモヤモヤした気分になってゆく。


「あーもー、なんなんスかね、このモヤモヤした気持ちは」

「なんだ黄瀬、たまってんのかよ。最近はあんまし女遊びしてねぇみたいだし」

「そういう気分じゃないんスよ」

青峰との1on1を終えた黄瀬は床に座り込んで答える。


「てか名前って面白いよな。俺達の下ネタにも退かねぇし、バスケ部のスタメンだから付き合いたいみてぇなバカ女でもねぇし」

「…そっスね」

桃井のように普通に接してくれるので愛想を振り撒く必要もなく素の自分でいられる。
しかし単にペット扱いされてる気もしてスッキリしないままに着替えを済ませた。


「大輝君のアイス、何味?」

帰り道のコンビニ前で名前が放った一言に黄瀬はピクリと反応する。
何で青峰を名前で呼んでいるのか。
未だに自分はポン太と呼ばれているのにと、ムカムカとドス黒いものが胸の中で渦巻いていた。
桃井と青峰と別れて名前と歩きながら、無口になっていると不思議そうに顔を覗きこまれる。


「…ポン太、どうしたの?」

「ポン太じゃねーよ」

「え、」

「涼太、だよ」

「うん、知ってる」

あっさり答えられて益々苛立ち、気付けば名前を塀と自分の間に追い詰めていた。


「あんたがポン太を可愛いがってたのはよく解ってる。だけどオレはポン太じゃない」

「そうだね」

「ポン太じゃなくてちゃんとオレを見て…涼太って呼んでよ」

最後の方は声も小さくなり掠れてしまい、情けなかったが言わずにはいられない。
黙って黄瀬を見上げていた名前はサラリと流れる金髪を撫でてから口を開いた。


「涼太、君」

自分でお願いした癖に初めて名前に名前を呼ばれて、黄瀬はボン!と効果音が出たかと錯覚する程に真っ赤になる。


「あの…大丈夫?顔が凄く、」

「な、あ、大丈夫に決まってるんで!ちょっと暑くて…別にあんたに名前呼ばれたのが予想外に嬉し過ぎてキュンってしちゃった、とかは絶対にないんで!」

「……涼太君、可愛い。私が胸キュンしちゃった」

「は?」

ふわりと微笑まれてキュンキュンしたが、逆に余裕のない自分が恥ずかしくて堪らなかった。
てか胸キュンしちゃったって…。今の黄瀬のテンパった行動のどこにそんな要素があったのか全く解らない。

これはもしかして。
もしかして、だけど。
涼太が実はカッコいいって今更気付いちゃったんじゃないっスか?
もしかして、だけど。
実は涼太のグレイトな息子っちにも興味があるんじゃないっスか?
芸人のネタを脳内でコピーじゃなくてパクりながら、ジリジリと名前との距離を詰めていた。


「涼太は可愛いだけじゃないっスよ?」

「え、涼太君、近い近いっ」

「名前呼んでくれたご褒美にキスぐらいなら、」

「やだっ!」

「痛ーーっ!」

上から目線でちゃっかりキスしようとすれば、渾身のデコピンを食らって座り込む。


「あーあ、黄瀬ぇ。送り狼とかダセーな」

「きーちゃん、調子乗り過ぎキモい」

尾行して来た青峰と桃井にも責められて、涙目で睨むも効果は全くなかった。


「名前ちゃんも酷いっスよー。モデルのおでこを」

「痛かった?ポン太」

「だからポン太じゃねーよ!」

「もうお前はキセポンで良いだろ」

そんな訳でこの日から帝光中一のモテ男、黄瀬の名前への猛アタックは始まった。
そしてキセリョではなくキセポンとクラスメイト達から呼ばれてしまうのは、また別のお話。





20130428

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