「名前、敦とケンカしたの?」
「ケンカっていうか…。あたしが一方的にキレただけ」
我が儘で子供みたいなところが可愛いくて、今まで年下の紫原を散々甘やかしてきたが、今日だけは我慢出来ずにクラスメイトの氷室に愚痴っていた。
「敦がさっちん、さっちんって五月蝿いんだもん。ムカつく」
「さっちんって…。元帝光中で男バスのマネージャーの?」
「らしいね」
WCで見かけたが巨乳かつ美少女で名前は女として完敗だとかなり自信を失っている。
「さっちんの作ったケーキより美味しいだの、さっちんは黒ちんの前だと可愛いくなるだの…なんなんだよ!知らねーよ!」
「あ、思い出したよ。桃井さつきさんだ。青峰君と同じ桐皇の」
「名前まで可愛いな、おい!」
名前の知らない帝光中時代の紫原を知る有能なマネージャーにして美少女の桃井に早い話が嫉妬していた。
しかし年上彼女としてはそんなセコいことは言いたくないし、余裕を見せたいが出来ずにいるのだ。
「可愛いね、名前。桃井さんに嫉妬しているんだ」
「してないし」
「なんか敦の前ではお姉さんぶってるよね」
「実際にあたし年上だし」
「確かにそうだけど…。あんまり無理しない方が良いよ?」
氷室に頭を優しく撫でられて怒りが多少和らぐが、紫原の手と比べる自分に嫌気が差していた。
本当は紫原に甘えたいのに中々素直になれない。
弟が2人いて昔から「お姉ちゃんなんだから」と親に言われ世話をしたり我慢したりで、そんな自分の役割が身に付いているせいか。
可愛い彼女でいたいだけなのに、ついお姉さんぶる自分に疲れるとか意味が解らない。
「……敦」
昼休みのチャイムがいつの間にか鳴っていたようで、2年生の教室の入り口に紫原が立っていたのに氷室が先に気付く。
「え、」
振り向くと明らかにムッとした顔の紫原が踵を返し、直ぐに姿を消していた。
「名前、追いかけなくて良いの?」
勿論追いかけようとしたがケンカしているのを思い出し気になりながらも、氷室には大丈夫だからなんて虚勢を張る。
放課後になって氷室から「敦がふて寝しているから会いに行ってやって」とメールを貰い仕方なく男子寮に足を向けていた。
紫原の部屋の前まで来ても彼に何を言うべきか解らない。
ドアをノックしても返事がないので勝手に入ると、部屋の真ん中で紫原がうつ伏せで寝ている。
「これは噂の…ごめん寝!?」
両手を揃えてグーにしてそこにおでこを乗せた状態で、寒いのか身体は丸めている。
ホットカーペットの上で身動きせずにぐっすり眠る紫原はネットで見た猫の所謂「ごめん寝」ポーズだった。
「ちょ、敦…可愛いっ」
紫原本人は名前同様に意地っ張りなので素直に「ごめんね」なんて滅多に言わない。
しかし今は巨体を使い全身で謝っているように見えたが、ケンカ中なんだと緩む口を引き締めて近付いた。
髪を引っ張ってもグーに握った手を突っついても全く起きない。
呑気に昼寝しやがって、とイラッとして広い背中に乗り、しゃがみ込むと流石に僅かに反応した。
「んー…。むー…」
「…まいう棒」
長めの髪を耳にかけて耳元でそう囁くと、お菓子番長はもそりと上半身を起こす。
「食べるー」
「え…、きゃあっ!」
当然ながら広い背中は滑り台みたいになり、名前はコロンと呆気なく転がり落ちていた。
「名前ちん、パンツ見えてる」
「敦が急に起きるからでしょ!」
「彼氏の背中に乗るとか失礼だし」
捲れたスカートを直して座ると紫原もベッドにもたれて欠伸をしている。
「何しに来たの?」
「あたしは来たくなかったけど…氷室君がメールで、」
渋々口を開いた途端に大きな手で手首をがっちり掴まれた。
「最近さ。名前ちん、室ちん室ちんって五月蝿い」
「は?」
「体育の時の室ちんがカッコ良かったとか、教科書見せて貰ったとかさ。俺、すげームカつくんだけど」
「それはクラスメイトだから。大体、敦だって!さっちんさっちんって桃井さんの話ばっかじゃん」
互いに不満を口にすれば同じような内容で、一瞬間が空く。
「お互い様だから、俺謝んないし」
「なんだそれ」
「名前ちんが室ちんの話ばっかするから、俺はさっちんの話を始めたの。知らなかったでしょ」
「え、」
氷室はクラスメイトで紫原と仲が良いし同じバスケ部だからと、何気なく話題にしていたがそれに嫉妬して桃井の話を始めたらしい。
「…敦」
「お昼なんて室ちんに頭撫でられてニヤニヤしてるしさ、なんなの?」
「あー、あれは」
聞きながらどんどん口元が緩みヒクヒクとひきつってくる。
「てか今もニヤニヤしてんじゃん。バカにしてんの?」
「違うよ、敦が可愛いから」
「は?年下だと思って、」
「年下とかじゃなくてさ、敦だから可愛いんだなーって今、解った」
だからもうお姉さんぶるのは止めた。
そう心中で決めて紫原に近付くと、掴まれた腕をグッと引かれて膝の上に横抱きされる。
「敦、ごめんね」
「俺は謝んないしー」
「ふーん。別に良いよ、さっき全身で謝ってたから」
先程スマホに映した紫原の「ごめん寝」ショットを見ながら呟く。
「…なにそれ、消してよ」
「やだ、可愛いから」
「消して!」
「やだよーだ。あ、ブルーベリー入りスコーン焼いてきたんだった」
「食べるー。てか名前ちんが食べさせて」
スマホを奪われる前に持ってきたお菓子を見せれば、あっさり紫原の関心はそちらに動いた。
本当に可愛いな、と笑みを浮かべスコーンを頬張る年下彼氏を見つめていた。
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20130420