「君に会うまで、運命の出会いなんて信じていなかった。だから日本に帰ってきて本当にラッキーだと、俺は思っているんだ」
「氷室先輩、自分で言って恥ずかしくないですか」
「全然。むしろ名前に恥ずかしい事をしてあげたいくらいだよ。ここで」
「ごめんなさい私が悪かったです、許して下さい」
放課後の教室で氷室に何のスイッチが入ったのかは謎だが、名前は居たたまれない気持ちで頭を下げていた。
「名前は色白で本当に秋田美人って感じだね」
「あの…。私、岩手出身です。越境入学したんで」
「…東北には美人さんが多いのかな。秋田に来て良かったよ」
うわ、見た目は繊細なのにストロングなハートをお持ちで。あれ、ハートはホットが彼の信条だったかなと頭を傾げれば、きゅ、と大きな手に名前の手が包まれていた。
「ほら、また雪が降ってきた。寒いとこうやって触れるチャンスが多くて良いね」
「氷室先輩、恥ずかしいです…やっ!」
ちゅ、と握られた手の甲にキスを落とされて驚くと氷室は机越しに顔をグッと近付ける。
「こんなに近くに君がいては、君ばかり見てしまうよ」
「ち、近過ぎです!」
右目の下の泣き黒子もハッキリ見える程の近距離で、更に甘い良い香りが鼻先を擽り目眩を感じていた。
「最近は授業中でも名前の事を考えてばかりで。これは恋の病ってやつかな?どう思う?」
「私…も、最近は氷室先輩の事を何時も考えてます、けど」
「本当に?嬉しいな。君と同じ恋の病なら、かまわないよ」
よくこんな言葉をサラリと言えるな、これが帰国子女クオリティか。と、身体が震え出すのは雪が降りだしたせいだけではない。
「君に伝える愛の言葉は、どんなに飾っても伝えきれずに霞んでしまうんだ」
「氷室先輩、安心して下さい。もはやデリート出来ない程に私のメモリーに刻まれていますから」
霞み出すのは貴方の麗しいお顔やセクシーな声が迫ってパニック寸前の私の思考です。と言う余裕は全くなかった。
「どうしよう、困ったな」
「全然困った顔してませんけど、どうしたんですか?」
「名前を抱っこして、ぎゅうっと抱き締めたくて仕方ないんだよ」
「すみません、それは無理なんで、エア抱っこしてて下さい」
「つれないな。エアなんかじゃ我慢出来ないよ」
「だって…って!ちょ、やだ!」
音もなく立ち上がった氷室はひょい、と名前を抱き上げて再び椅子に座る。
「寒い時はこうやって温め合うのが一番だね」
「……」
優しく頭を撫でられる心地好さに文句を言えず、大人しく膝に乗せられていた。
「君は本当に俺に愛されるのが上手だね」
「氷室先輩が強引に抱っこしたんじゃないですか」
「…嫌だった?」
少し悲しそうに眉が下がるのを見て慌てて首を横に振る。
「嫌じゃないって言うか、ここじゃ恥ずかしいです」
「どうして?」
「ここ教室だし、」
「俺もいるしねー」
「あれ、敦、居たの?」
「最初からいるし。帰るタイミング逃すくらいに室ちんと名前ちんがイチャイチャするから」
二人でポッキーゲームならぬ、まいう棒ゲームでもしてればと、一本卓上に置くと紫原はゆっくり教室を出て行った。
「氷室先輩、私達も帰りませんか?」
「そうだね」
二人きりになった教室で何をされるか解らないと聞いてみれば氷室はあっさりと同意する。
「お手をどうぞ、俺だけのプリンセス」
「…っ、あの、氷室先輩」
プリンセスなんて日本では千葉にある夢の国にしか居ないと思います。
そう断言したいが立ち上がった氷室本人は至って真面目に手を名前へと差し伸べていた。
「行きますか…。マイ・プリンス」
破れかぶれでそう答えると何故か氷室は不満そうな顔をしている。
「ね、名前。そろそろ名前で呼んで欲しいんだけど」
「…は、」
「呼んでくれるよね?」
少し傾けた綺麗な顔が間近に迫り、ひ、と変な声が漏れていた。
「辰也…君」
「ふふ、ありがとう。名前は本当に可愛いな」
長身の氷室はちょっとした仕草さえも気品があって、プリンスと呼ぶにふさわしいなんて思う。
側にいる時だけはプリンセスでいたいな、と願いつつ教室を後にしていた。
title:モノクロメルヘン
20130113
20130926修正