「名前、あいしてる」
「…はい?」
久しぶりに二人でカラオケにやって来て何曲か歌ってからは他愛ない話をしていた。
ふと間が空いたと思えば彼氏である黄瀬がポツリと呟いた言葉に名前はポカンとしてしまう。
「涼太?」
「ん?」
付き合う時にだって「好きだから付き合って下さい」なんてベタな言葉だったし、普段だって別に「好き」を連呼されることもない。それはベッドの中でも、だ。
「あんた、それ、アルコール入ってんの?」
安っぽいコップを取り上げてクンクン、と嗅いでみたがただのアイスティーだった。
「酒なんて飲むわけないっしょ」
「ま、そうなんだけど」
カラオケ本で曲を探していて、そんなタイトルがたまたま目に入り無意識に口にしただけかも。
そう自分を納得させていると黄瀬は更に名前を驚かせるセリフを放っていた。
「名前、好き。すき。だいすき」
「どしたの涼太、突然」
言われるのは照れ臭いが勿論嬉しい。女の子だもの。
しかしカラオケボックスに入り今までの流れ、さっきまでの雰囲気からそんなセリフを言われても戸惑うばかりだ。
まさか…「だからここでヤりたい」なんて言うつもりかと警戒心が沸きだし、もぞもぞと座り直すと黄瀬は向かい側から名前の隣に移動して来る。
「涼太、私こんなとこでヤりたくないから」
「は?いや別にオレも、そんなこと考えてねーし」
「だってさっきから涼太がおかしいんだもん」
「おかしくないっスよ!」
「…なに、病気?」
「いいから聞いて、名前」
真剣な表情で黄瀬は綺麗な形の唇を開いた。
「名前が好きなの、死ぬ程。だからすげぇ今苦しい、死にそう」
左胸を制服の上から掴んで苦し気に囁く姿に目が点になる。
いやいや、私が死にそうなんだけど、恥ずかしくて。と言えない程の真剣さにどう反応すれば良いのか解らない。
ピキッとフリーズしていれば黄瀬はタッチパネル式のリモコンで曲を送信してから名前の手をそっと握っていた。
「…という事でこの想いを歌に込めて一曲」
「いらねぇよ馬鹿」
咄嗟に毒を吐いたが黄瀬が選んだ曲は名前の好きなバンドの大好きなラブソングで。
何でもそつなくこなす彼は歌も上手く、何時もより優しい声色で歌い出すのでつい聞き入っていた。
「今日は名前の誕生日だから、オレからのプレゼント」
まだこれは第一弾だけど、とふわりと微笑まれてパチクリと瞬きを繰り返す。
「名前、泣くくらい嬉しかった?」
「え、」
言われてから頬を大きな手で撫でられると、それは名前の涙で濡れていた。
「かわいー」
「うるさい馬鹿」
「今日はもっともっと、名前を喜ばせてあげる」
確かに今日は名前の誕生日で。テンションをカラオケで上げてから、黄瀬のマンションに向かうことになっていたのを今更思い出す。
「…涼太、本当に?」
「何がっスか」
「だから…さっきの愛してる、とか」
「うん。もっと言って欲しくなった?」
「…別に、」
小さな笑みを零して黄瀬は名前の濡れた目蓋にキスを落とした。
「続きはベッドの中で言ってあげる」
「…っ、涼太、何を」
「ほら、早く行こ」
差し伸べられた手に引かれるまま部屋から出ると、名前のスクバと自分のも肩に掛けた黄瀬と一緒にエレベーターに向かっていた。
title:モノクロメルヘン
20130113