小皿に注がれたシチューを口に含むとクリーミーさと、程好い塩加減がふわりと広がる。


「ん…。美味しい」

火神が作る料理で不味いもの等は今まで無く、何時も通りにオッケーサインを指先で示した。


「…あっそ、」

何故か彼が少し不服そうなのが気になったが、照れ隠しかと思い棚からシチュー皿を二枚取り出す。


「まぁ、食ってからでもいいけどよ」

「何が?」

「別に」

妙な雰囲気の中でもテーブルに並べられたシチューとカニコロッケ、シーザーサラダはあっという間に二人のお腹に収まる。
作るのは火神、食器を洗うのは名前と分担は決まっていた。


「あのさ、大我って…。あの女優さんがタイプなの?」

「は?」

「この前ビストロス○ップに出てた女優さん」

先週一緒にテレビを見ていた時に最後に料理の勝者がゲストから頬っぺたにキスをされるシーンで、火神がポツリと本当に無意識っぽかったが「いいな、これ」と呟いたのを確かに名前は聞いたのだ。


「いや、俺、女優とか知らねーし」

「ふーん」

名前は知らなくとも顔がタイプとかあるんじゃないのか、何だか苛立ってしまいその日は不機嫌になってしまったのを思い出す。
じゃあ何が「いいな」と思っていたのか気になるが今はさっさと食器を洗って、ゆっくりカフェオレでも飲むかと立ち上がった。


「あのよ、」

「何?」

「美味かったか?」

「当たり前じゃん」

何を今更と袖を捲っていると、ふいに伸びてきた逞しい腕に掴まれる。


「だったら…」

ポリポリと頭を掻いてあーだのうーだの呻く姿は何だか可愛いのだが、はっきりしない態度を急かすように聞いてみた。


「はっきり言ってよ。早く洗いたいんだから」

「だからよ、さっき言ってた番組みたいに…ご褒美が欲しいってこと」

「何、ご褒美って」

「ここだ、ここ」

そう訊ねればほんのりと赤く染めた自分の頬っぺたを指差している。


「え、」

美味しい料理を作ったご褒美に頬っぺたにキスして欲しい、あの時の「いいな」はこの事だったのかとモヤモヤしていたものが一気に晴れていた。
あれからも何度か火神宅にお邪魔してご馳走になっていたのに、今日まで言い出せなかったとは純情ボーイめ。


「……ダメか?」

名前が呆気に取られているのを見て、シュンと特徴的な眉毛を下げる表情には母性本能を擽られる。


「ダメじゃないけど、」

私達、まだキスした事ないんだけど。
何でファーストキスが私からなんだと不満はあるが、何時も美味しいご飯を食べさせて貰うお礼はしたかった。


「ちょっと大我、しゃがんで?」

椅子に膝立ちしても身長差がまだあるので、少しだけ顔を下げて貰う。
無言で従う火神のがっしりした肩に手を添えて、ちゅ、と頬に触れるだけのキスを落とした。


「大我、何時も美味しいものを作ってくれてありがとう」

「お…おう、」

目線をさ迷わせながら何とか返事をするも、まだ何か言いたそうに火神は黒いエプロンの裾をギュッと握っている。


「あ、のさ…、」

「ん?…え、」

椅子に膝立ちしたままで抱き寄せられて不安定な体勢になり、慌てて広い背中に手を回すと小さな声が耳に届いた。


「…キス、したいんだけど、俺が」

いいか?と問われてこの至近距離や真剣な声色、火神を好きな気持ちを合わせても、拒否する理由は全く無い。
触れた身体から伝わる五月蝿い程の鼓動はきっとお互い様で、コクリと頭を擦るように頷くと顎を優しく持ち上げられる。
閉じる目蓋の隙間から垣間見えた火神の表情は、見た事が無い色っぽい顔でドキリと胸が高鳴っていた。
思っていたよりも柔らかくて熱い唇の感触が、余韻に浸る間もなく離れてゆくのはちょっと寂しい。


「名前、ご馳走様」

照れ臭そうに微笑む少年っぽささえも愛しいが、恥ずかしくて顔を厚い胸板に埋めたままで何とか答えていた。


「何時でも、召し上がれ。なんちゃって」

「バカ…。そういう事言うと、マジで俺止まんねぇから」

困ったように頭を撫でられる心地好さから身動ぎ出来ずに名前は甘い体温を感じていた。


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20130110

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