初めて自宅にお邪魔するのが黒子が風邪をひいて寝込んでいる時というのは非常に微妙だった。
が、ここは無いに等しい女子力を見せつけるチャンスだなんて下心もあったりする。
「名前先輩、すみません」
本当はデートの予定だったが黒子のパジャマ姿や重力に逆らう寝癖を見ただけでもかなりのお得感があった。
パジャマの首元から覗く真っ白な肌や鎖骨、熱のせいで潤んでいるベイビーブルーの大きな瞳が艶っぽい。
「いーから、テツヤ君は寝てて」
「はい。では、お言葉に甘えます」
頭を撫でてやると起こしかけた体勢から、モソモソと布団に潜り込む。
触れた手からも熱が伝わってきて本当に具合が悪いのだと実感すると訪問したのが申し訳なかった。
「ごめんね、具合が悪いのに押し掛けちゃって」
「良いんです。ボクが名前先輩に会いたかったんですから」
「ありがと。私もテツヤ君に会いたかった」
ふわりと柔らかな笑みを浮かべる黒子には自分の気持ちなんてお見通しで、年下なのに凄いな、あーもう可愛いな、とにやけてしまう。
もうおかゆは食べたようで買ってきたポカリのペットボトルを渡すと、素直にごくごくと飲み干す黒子の喉仏を見ながらドキドキしていた。
「名前先輩」
「なーに」
「ボクの部屋に来てくれたのは凄く嬉しいんですけど、ちょっぴり残念です」
「…?どういう意味?」
「せっかく2人きりなのに、って意味です」
ふふ、と小さく微笑みスッと伸ばした手で名前の手を自分の少し赤く染まる頬にあてて黒子は答える。
「あ、うん、そーだね。…私も」
つい正直に同意すれば黒子はパチクリと瞬きを繰り返していた。
「もう、名前先輩。そんな可愛いことを言ったらボク、我慢出来なくなっちゃいますよ?」
ちゅ、とキスを落とされた名前の指先から甘ったるい熱がじわじわと手から全身まで浸透してゆく気がする。
「名前先輩、お願いがあるんですけど」
熱っぽい煌めきを放つ瞳でじっと見つめられて、自然と頷いていた。
「キスして欲しいです」
「……え、」
「キスしてくれたら、早く治るかも知れません。あ、でも…名前先輩に風邪が移るかも、」
「移した方が早く治るかもよ?」
甘えたような声や表情が愛しくて、そんなことを言いながらベッドに腰かけると触れるだけのキスを唇に落としていた。
「…もっと熱が上がりそうです」
でも名前先輩のせいだから、構いません。だなんて照れながら呟く黒子の手を握って名前は微笑む。
「私もテツヤ君から貰った風邪なら嬉しい、かも。はい、もう寝た方が良いよ」
もっと側に居たかったが風邪薬を飲んだ黒子が、眠そうに目蓋を擦るのに気付いて言った。
「名前先輩…。帰っちゃうんですか?」
「うん。テツヤ君に早く良くなって欲しいから」
「……や、です。帰ったら」
ぎゅうっと繋いだ手に力をこめられて、私だって同じ気持ちだと切なく胸が締め付けられる。
「じゃあ、テツヤ君が眠るまで側に居るから。ね、?」
「…はい。我が儘言って、ごめんなさい」
再び布団に包まれた黒子はうつらうつらしながらも、名前が居るかを気にしていて苦笑してしまう。
「お休みなさい、テツヤ君」
「はい、名前先輩。…大好きです」
眠りに落ちる寸前にポツリと唇から零れた言葉が嬉しくて堪らずに、閉じた目蓋にキスをすると僅かに黒子は身動ぎをしている。
「私も…。大好きだよ、テツヤ君」
耳元で囁けば幸せそうにふにゃりと口元を綻ばせるのを見届けて幸せを噛み締めていた。
title:誰そ彼
20130105