わたしたちの

「あ、りっくん」
 リビングで四葉さんの課題に付き合っていると、不意に彼が呟いた。
 ぴくりとして顔をあげれば、後方のテレビには我らがセンターが画面いっぱいに映し出されている。夕方の芸能ニュースで、明日からOAされるCMが話題になっているようだ。
「四葉さん、まだ終わっていないでしょう。余所見しないでください」
 一体いつの間にテレビをつけたんだと呆れつつ、自分の目も自然とそちらに向いてしまう。流れているのは七瀬さんが出演したミラーレス一眼レフカメラのCMだ。
 海に沈む夕陽に向かい、カメラを構える七瀬さんの表情は真剣そのもの。普段の彼とは違うその横顔に、思わず息が止まった。
「りっくん、かっこいいな」
「……ですね」
 撮影したことは知っていたが、実際にCMを見るのは初めてだ。
 私たちIDOLiSH7の曲に合わせ、カメラを手に浜辺を探索する七瀬さんの姿が次々と映し出される。波打ち際ではしゃぐ子供、サーフィンをする若者、日向で昼寝している猫。
 まっすぐな瞳でカメラを構える七瀬さんこそ、美しい景色の一部になったようだった。

『この一瞬を、手に入れたい』

 あたたかく芯の通ったナレーションに続いて、画面の中の七瀬さんがシャッターを切る。そうしてふわりと微笑む彼の、夕陽に照らされてキラキラと輝く髪が綺麗だと思った。
 CMは終わり、画面はスタジオに切り替わる。ワイプ画面で再度CMを流しながら、女性アナウンサーが朗らかに語り出した。
『こちらのCMでカメラを構えているのは、人気アイドルグループIDOLiSH7の七瀬陸さん。IDOLiSH7のCMもたくさん流れていますが、七瀬さんが単独で出演しているCMは、今年だけで5本目になります。デビューから1年半でこれだけの人気が出るのはすごいことですよね』
 アナウンサーの言葉に、メインキャスターの男性は大きく頷いた。
『まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだよね。陸くんって、普段はすごく可愛らしいイメージなんだけど、こういう真剣な表情も似合うし格好いいね! 新しい魅力に、またファンが増えちゃうんじゃない?』
『そうですね。ちなみに、このCMのバックに流れている曲はIDOLiSH7の未公開曲なんだそうですよ。しばらくはこのCMでしか聴くことができないそうですので、ファンの方は要チェックですね』
『陸くん、歌もめちゃくちゃ上手いんだよねえ。僕も歌番組で初めて彼の生歌聴いたときには感動しちゃったよ。新曲も楽しみだね』
 二人のやり取りに思わず頬が緩みそうになる。ニュースはそこで次の話題に移り、私は短く息を吐いた。
 録画しておけば良かったなどと思っていると、目の前の四葉さんがふっと笑う。
「四葉さん?」
 視線を戻すと、にやにやした彼と目が合った。……嫌な予感がする。
「なんですか」
「いおりん、めちゃくちゃ嬉しそうな顔してる」
「は……」
「いおりんって、自分が褒められたときよりりっくんが褒められた時の方が嬉しそうだよな」
「そっ……そんなことは」
「あるだろ。さっきだって、めちゃくちゃドヤ顔になってたぞ」
 シャープペンの先端を私に向け、ふふんと笑う四葉さんに私はぐっと押し黙った。
 正直自覚はなかった。なかったが、否定もできない。私はコホンと咳払いし、なんてことのない素振りで口を開いた。
「……七瀬さんは私たちのセンターですから。誇らしく思うのは当然のことでしょう」
「ふーん」
 せっかくもっともらしい説明をしたのに、適当な相槌を打つ四葉さんにイラッとする。私は無言でテレビを消した。
「あーっ!」
「あーっじゃありません。さっさと課題終わらせてください!」
「けちりん!」
「けちで結構です。あと十五分以内に終わらせないなら、今夜のプリンは抜きですからね!」
「横暴だ……」
 眉を寄せながら、四葉さんは大人しく課題に向き直る。私は密かにほっとした。
 ──顔が熱い。
 赤くなっているのを気付かれたくなくて、参考書を見るふりをして俯いた。

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