3年目の…

『明日の午前中はオフだから』
 そんな理由を用意して一織を引き止めたのは三十分前。
 時計の針がてっぺんを回って日付が変わったのを確認してから、オレは隣の一織にぴたっと肩をくっつけた。
「七瀬さん?」
「な、一織……」
 今日、何の日か知ってる?
 毎年恒例のその質問は、今は言わない。
 去年不意打ちをくらったお返しに、今年はオレからキスしてびっくりさせてやる作戦だ。
 無言で隣の一織を見つめると、次の瞬間目の前に影が落ちる。え、と思うと同時、やわらかな感触が唇に触れた。

 ──え?なに?なんだ?

 何が起きたのかすぐにはわからない。オレは思わず、ぱちりと瞬きした。
「今年はあなたも、覚えていたんですね」
 少しだけ離れた唇の先で、一織が囁く。オレはそこでようやく、一織にキスされたんだって気がついた。
「あ……!」
 見つめる先で、一織がふ、と笑う。
 去年も一昨年も、キスしたあと真っ赤になっていたのが嘘みたいだ。余裕たっぷりな顔でこっちを見ている一織に、かっと顔が熱くなる。
「ず……ずるい!」
「ずるいってなんですか」
「オレからしようと思ってたのに!」
 オレが言うと、一織はまた小さく笑った。
 悔しい……けど、それ以上に胸がきゅんとする。オレはむくれながら一織の首に両手を絡めた。
「七瀬さ……」
「もっと」
「え?」
「もっと、ちゃんと……」
 囁く声は、最後まで言い終わるより早く一織の唇に呑み込まれた。
 やっぱり悔しいけど、すごく幸せな気分になって、オレは覆い被さってきた一織の背中をぎゅっと抱きしめた。


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