いとしいとし
「一織さ……なんか怒ってる?」
突然七瀬さんにそう聞かれ、私はえ?と彼を見た。
「別に怒ってませんけど」
私が答えると、七瀬さんは眉を寄せる。そして苦々しい表情で私を見つめた。
「じゃあなに? なんでずっと怖い顔してるんだよ」
「え……。そんな顔してますか?」
「してるよ! 今だってほらここ、皺寄ってる!」
言いながら七瀬さんはこちらににじり寄り、私の眉間にぴしっと人差し指をあててくる。突然縮まった距離にどきりとして、私は慌てて後ろに身を引いた。
「ち、違います! これは別に怒っているわけでは……」
完全に誤解だ。自分は何も怒ってなどいない。そうではなくて。
あなたとお付き合いを始めてから、あなたを見ているとそれだけで自然と頬が緩んでしまいそうになるんです。ですからそうならないように、顔を引き締めているだけで――。
などと言えるはずもなく、私は七瀬さんから目を逸らしコホンと咳払いした。
「なんでもないです。気にしないでください」
「嘘! 絶対なんかあるだろ!」
怒っているのはむしろ七瀬さんの方ではないか。
そう思って顔を戻すと、目の前にはどんぐりのようなまん丸い瞳ときりっとつり上がった眉がある。その顔は怒っているようで、反面今にも泣き出しそうにも見えて、思わずうっと息が止まった。
そんな状況でないことは重々承知しているが、端的に言ってたまらなくかわいい。
条件反射のように眉間に皺を寄せると、七瀬さんはそんな私を見て一瞬で吊り上げた眉を下げ、今度は叱られた子犬のようにしゅんと項垂れた。
「最近一織、ずっとそんな顔してるよな。オレお前に何かした? それとも……もしかして一織、オレと付き合ったこと後悔して」
「そんなわけないでしょう!」
七瀬さんが最後まで言うより早く、私はそう声を発していた。
「後悔なんてするはずがありません! これからだって絶対にしませんし、あなたにもさせませんよ。……だからそんなこと、言わないでください」
「一織……」
驚きに見開かれた瞳が、ふわっと甘いきらめきをまとう。
どきん、と鼓動がはねた。
じゃあどうしてと問いかけるようなまなざしに、息が止まりそうになる。
ああもう、降参だ。
もしかしたらこの先もう、この人の前では何も隠せないのかもしれない。
……隠す必要も、ないのかもしれない。
私はゆるゆると息を吐き、七瀬さんの瞳をまっすぐ見つめ返した。
「私は、あなたが……」