《Hard Candy 〜Extra》 #Extra_初めて:01 あれは、高校で初めての夏服に変わって、どれくらい経った頃だっただろうか。 今でも思い出すと、胸の奥がひりひりするよ。 捨てられないんだ。 古い携帯電話。 「ねぇ、時間判る?」 って。 ぼんやりと信号待ちをしていたら、時代錯誤も甚だしい声がかけられた。 「あ、えっと――」 腕時計はしていない。 だから、カバンから携帯を出して、ディスプレイの時計を見せる。 「あぁ、それ俺が迷ってやめたほうの機種だ。使いやすい?」 ひょい、と、何の躊躇いもなく、あたしの携帯は取り上げられた。 「え!? や…! 返して」 「ごめんごめん、つい」 つい、何なんだ。 クスリでもニヤリでもない笑みを浮かべたその人は、よく見ると、隣の高校の制服を着ていた。 「一年生?」 「はぁ…」 「夏服、似合ってんね」 ピルルルル、と、携帯が短く鳴って、その人は後ろポケットから黒い携帯を取り出し、あたしの携帯が手元に戻される。 「またね」 馴れ馴れしくあたしの頭を軽く叩いて、その人は、青になった横断歩道を悠々と渡って行った。 またね、って。 二度目があるとでも? ていうか、携帯持ってんだったら、時間判るんじゃん! 「…変な人」 ぼんやりとその後ろ姿を見つめた交差点の向こう側、ファッションビルの電光掲示板には、大きなデジタルの時計が付いていた。 [*]prev | next[#] bookmark |