《はつこい》 #01_引き出し:01 鍵のついた引き出しの、奥深く。 あたしの大切な想い出が、しまい込んである。 少し色褪せて縁のめくれた、海の写真のレーベルが入っている、一本のカセットテープ。 右上がりの字が並ぶ、薄い水色の便箋。 《真由子、卒業したら東京行くんだって?》 別々の高校に進んだあたしたちは、中学を卒業してから、一度も会っていない。 会う理由もなかったし、口実を作ることもできなかった。 「うん。四月の頭には引っ越すよ」 なのに、あたしが東京に行くことを知っている。そして電話をくれた。 戸惑いの隅っこに嬉しさを滲ませつつ、受話器の向こうの懐かしい声に、胸の奥がキュッと鳴る。 《じゃあさ、送別がてら飲み行こうぜ》 初めて、倉田くんに誘われたのは、そんな理由。 東京に行かなければ、誘われなかったのかな。 三年ぶりに逢う倉田くんは、変わっただろうか。 さっき切ったばかりの電話を思い出しながら、あたしは久しぶりに引き出しの鍵を開けた。 レーベルの背には“19XX年文化祭”と、倉田くんの字。 あたしも倉田くんも、吹奏楽部だった。 中三の文化祭での演奏がダビングされているそのカセットテープは、文化祭が終わって大分経ってから、おもむろに渡された。 部長だった倉田くんが、部を引退した三年生みんなにダビングしてくれたんだ、と思っていたら。 『絶対、家に帰るまで、中見ないで』 学校で聴けるはずもないそれを手に、しつこいくらいに念を押されて、倉田くんの言うとおり、そのままカバンにテープをしまい込んだ。 [*]prev | next[#] book_top |