《はつこい》
#01_引き出し:08



 気持ちを言ってしまおうか。

 でも、言ったところでどうにもならないのは、判り切っている。

 言われたって、倉田くんも困るだけだ。


 ――ちゃんと振ってやんないと、諦めつかないだろ


 そう、だね。

 倉田くんの言うとおりだよ。

 倉田くんはあたしの気持ちを知っていると思っていたけど、倉田くんに何か言われた訳じゃなかった。

 とはいえ、倉田くんにはっきりと言葉で伝えたことはない。

 だからこそ、の、勘違いだったことが、判ったのだけど。


「…やっぱり、あたしコドモかも」

「何だよ、今さら」


 ぷっ、と、倉田くんが吹き出す。

 つられてあたしも笑う。


 うん、いいや。
 ゆっくり時間をかけて、消化してみる。

 気まずくなるよりは、ずっといい。

 そうすれば、これからも、こんな風に逢えるかもしれない。


「俺さ、実は来年、東京行こうと思ってんだよね」


 もう少しで、ウチが見える。

 そんなタイミングで、こんな話をするなんて。

 もっと早く言ってくれればいいのに。


「…向こうでもさ、ときどき飲みに行こうぜ」


 連絡するよ、と、優しい声がした。

 立ち止まって、向かい合う。


 ズルい。

 そんな顔されたら期待する。

 まだ、間に合うのかもしれない、って。


 じわり。

 タイミングが悪いのはあたしも同じ。

 滲んだものを隠すように大きく頷き、そのまま俯いていた。


「それまでに、もう少し、オトナんなっとけよ?」

「失礼なっ」


 髪を直すふりをして目元を拭い、顔をあげると。

 文化祭が終わった後に見たのと、同じ笑顔の倉田くんがそこにいた。


「…ま、そのままでもいいけどさ」


 子守も悪くねぇな、って笑った倉田くんは、一度も振り返らずに帰って行った。








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