《シャンプー》
#02_オアシス:09




「お兄ちゃ…!?」


 ツカツカと、怒ったような表情で、一直線に向かってくる。

 その勢いのまま、あたしはお兄ちゃんの胸に、抱き締められた。

 つむじの上で、呼吸を整えるお兄ちゃんの息遣いと、ため息が聞こえる。


「心配すんな。切るつもりねぇよ。シャンプーしただけ」


 固まっていた智くんは、いつの間にか身体を起こして、ドライヤーを片付けながら苦笑いをしていた。

 またシスコンが始まった、とでも言うように。


「お兄ちゃん…、何で?」

「智が電話くれたから」


 …――ああ、だからか。

 だから智くんは、あたしの髪を切るのを躊躇していたんだ。

 お兄ちゃんが、あたしの髪を好きなことを知っているから。


「あの男と別れたのか」


 感情の読み取れない低い声。

 でもそれは、紛れもなくお兄ちゃんだ。


「うん」

「驚かすなよな。髪切るとか言いやがって」


 やっぱりね。

 あたしが彼と別れたことよりも、あたしの髪の心配してるあたりが、お兄ちゃんらしい。


「…ごめんね」

「泣いてるかと思った」


 でもそれは間違いだった。

 お兄ちゃんは、ちゃんと“あたし”の心配を、してくれている。

 あたしって、どこまで人を見る目がないんだろう。

 子供過ぎて、イヤになる。


「泣いたよ」


 でも、でもね、お兄ちゃん。

 あたし、判ったんだ。

 子供なりに、気付いたことがあるんだ。




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