《シャンプー》
#02_オアシス:08




「なら、見返してやるんだな」

「見返す? 彼を?」

「そ」


 ああ、うん、智くん、もういいんだよ。

 彼が身体だけだったのか、気持ちも伴っていたのかは判らないけど、でもそうされても仕方なかったんだ、あたし。


「いい女になって悔しがらせるとか、彼よりいい男捕まえて見せびらかしてやるとかさ」


 さっきまでこの世の終わりなんじゃないかと思うくらい沈んでいたのに。

 智くんと話しているうちに、気付かなかった自分に気が付いて、あたしは気持ちが軽くなっていくのを感じていた。

 思わず、ふふ、と、声が漏れる。


「見せびらかすのって、いいかもね」


 あたし、もっといい女にならなくちゃいけないもの。


「だろ? 案外身近なとこに、いい男はいるもんだぜ」


 言い終わらないうちに、ドライヤーから温風が吹き出してくる。

 ゴウッ、という機械音に紛れた智くんの小さな言葉が、あたしの隙間に染み込んできた。


 ――俺とか、な。


 聞き返そうとしたけれど、ドライヤーに阻まれて、それは叶わなかった。

 智くんが言おうとしていたことが判らない程、あたしだってバカじゃない。

 彼と別れたあたしを慰めるためだけに、そういうことを言う人じゃないってことも、知ってる。


 うん、あたし、知ってるよ。


「そうだね」

「んー?」


 サラサラに仕上げられた髪と同じように、あたしの気持ちはまっさらに智くんに洗い上げられた。


「智くんは、いい男だよ」


 プラグを抜こうとしてコンセントに向かって腰を折った智くんは、そのままの姿勢で固まってしまった。

 顔は見えないけれど、シャツの襟首から覗いた首が、ほんのり赤くなっている。

 それが嬉しくて、さらに言葉を重ねようとしたとき。


「弥生!」


 勢いよく店のドアが開いて、肩で息をするお兄ちゃんが現れた。




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