《シャンプー》
#02_オアシス:02




 あたしは、彼の何を見ていたのだろう。

 騙されていたことよりも、こういうことになった彼の言い分が、情けなくて、悲しくて、悔しかった。

 仕事ができると周りに賞賛され、出世は間違いないと絶賛され、いつも紳士で、優しくて、あたしを何より大切にしてくれていた。

 …はずだった。

 信じていた温かな安らぎは、その裏で、予想だにしない棘を孕んでいたなんて。

 こんな人だったのか、という感情が湧き出てくるのが、許せなかった。

 そして何より、そんな彼に対して、未だ心の中に燻る感情を払拭できずにいる自分が、もっと許せなかった。



 人目も憚らず、ボロボロと頬を濡らしながら、宛てもなく街を歩く。

 いっそ雨でも降ってくれればいいのに、心とは裏腹に雲ひとつない秋晴れの空。

 ちらほらと、星が出始めている。


 早く忘れてしまいたい。


 ふと、足止められた赤信号の向かい側に、見覚えのある店構えを見つけた。

 仄かにライトアップされた、その小さな美容室は、あたしにとってはオアシスのようなものかもしれない。



 すでに店は閉店の雰囲気を見せていた。

 それでも、あたしは構わず店のドアを開ける。


「智くん…」


 入口のすぐ脇、レジの精算をしていた兄の友人は、すっかりメイクも剥げ落ちて瞼を腫らしたあたしを見て、カウンターの中から飛び出してきてくれた。


「弥生ちゃん…? どうした、そんな、泣いて…る、の?」


 店のスタッフが、見ないようにしながらも、チラチラと様子を窺っているのが判る。

 そんな視線を気にする余裕など、そのときのあたしには皆無だった。

 目の前に佇む智くんの片腕を取ると、手の平から流れてくる温かさに、涙腺が刺激される。




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