《シャンプー》
#02_オアシス:01




 それは、あまりにも唐突で。

 突き付けられた言葉が、まるで外国語のようで、すんなり理解できなくて。


「な…に言っ…」


 ティーカップを持つ手が、カタカタと小刻みに音を立てる。


 別れよう、とは、彼は言わなかった。

 ただ淡々と、身に起こった現実を、あたしに報告したに過ぎない。


 社外の研修で同じグループになった女性と食事に行って。

 最初は複数名だったのが、何度か回を重ねるうちに、ふたりで行くようになって。

 アルコールが入って、流されるように身体を重ねた、と。

 一度きりではなかった、と。

 いくばくかの後ろめたさと、隠し切れないスリルの狭間で、何度となく積み重なった逢瀬の結末は、数ヶ月後に、相手の女性に新しい命が宿ったことを告げられて、ようやく現実に目を向けるに至った。


「ごめん」


 謝られても、どうしたらいいのか判らない。

 あたしに何を言わせたいの?


「ご、めん、…て、何?」


 そう言うのが精一杯。


「別れ…たく、ないんだ」


 勝手なことを。

 この一言が、あたしの怒りに触れた。


「どうしたいの?」

「弥生と、ちゃんとやり直したい。彼女には堕ろしても――」

「――…っ、バカなこと言わないで!」


 何を、言っているのだろう。

 自分勝手な行動の結果を、命を消すことでゼロに戻せるとでも思っているのだろうか。


「あたしは、無理」

「弥生、」

「…もう、連絡しないで」


 震える足取りで席を立ち、呼び止められる声にも振り向かなかった。

 その場で泣かなかったのは、精一杯のプライド。

 喫茶店を出て扉が閉まる音を聞いて、ようやく込み上げるものを瞳から零すことを許した。




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