《Hot Chocolate》 #01_きっかけ:01 「何だ、まだ残ってたのか。暗くなんの早いし寒いんだから、とっとと帰れよー?」 月に何度か巡ってくる放課後の校内見回りは、若手教師の役目。 ほとんど誰も残っちゃいないし、部活が終わった時間帯でもあったので油断していたら、最後に回った二年一組の教室に、人影が、ひとつ。 …あー、誰だっけかな。 このクラスは俺の教科受け持ちなんだけどなぁ。名前が出てこない。 すみません、と、聞き取れるギリギリの小さな声とともに、その手元が、カサカサと何かを隠すように動いた。 おいおい、見られちゃマズいもんでも持ってきてんのか? 別に俺は熱血教師じゃないから、取り上げたりしないし、安心しろ。 隠したものには気が付いてないぞ、というアピールのつもりで、鼻歌なんか歌ってみたりして。 「寒いよなぁ、最近。毎朝起きんの辛くなっ――」 「――榎本先生、甘いもの、好きだったりしませんか?」 気まずい沈黙に堪えられなくてなんとなく口から出た世間話の腰を折ったその声は、今思うと、少しだけ震えていたかもしれない。 それでも、その小さな声は、鼻歌交じりに窓の施錠を確認する俺の手を止めた。 「甘、いもの…」 「これ、受け取ってください」 つ、と、差し出された白い小さな箱は、まさに今さっき慌てて隠したであろうものに間違いはなく。 可愛らしく水色のリボンが結ばれていて、今日がどういう日だったのかを、瞬時に思い出させた。 [*]prev | next[#] bookmark |