《Before, it's too late.》
#03_男の子、女の子:14





「…ホントに食欲ないんだな」


 額から前髪を退かすように撫でられて、ハッと顔をあげる。

 思いの外近くに顔があって、当たり前にオロオロするあたしに、季一先輩のクスリと笑う声がした。


「――え?」

「あ…、あー、ゴメンな、聞いたんだ。佐織が仲良しの、んーと、石上さん、だっけ」

「薫子?」

「そうそう、購買の前で呼び止められてさ」


 何故、薫子と季一先輩が。いつの間に?

 そんなこと、薫子は一言だって言わなかった。もっとも、彼女のことだから、サプライズとか言うんだろうけど。

 でも、あたしを追い立てるように教室から見送ったあの様子は、そう言われれば何か知っているようにも見えたし、薫子らしい、とも思う。


 手付かずのままだった、季一先輩イチオシのクラシックショコラにフォークを入れ、ちゃんと食べてますよ、と嘘――を吐くしかなかった――を張り付けた唇の縁をあげて笑ってみせれば、また、あの泣きそうな季一先輩と目が合った。


 どうしてそんな顔を、とは、訊けない。

 一番訊いてみたいのに、一度も訊いたことがない。


 いつもあたしは、一番言いたいことが言えない。



「…ホントに今日、よかったんですか?」


 見逃した、とあたしが話したことのある映画のDVDを買ったから、と、季一先輩の家に招かれた。


 あたしだって忘れていた話を覚えていてくれた、という嬉しさと。

 家に行く、という選択肢に、かつて気になっていた不安が台頭して。

 ふたつが交錯する中、変な意識をするほうがおかしい、と、明らかにチラついている不安に蓋をした。


 大丈夫。

 季一先輩だから、大丈夫。


 なのに、さっきからずっと、お腹が痛い。

 緊張してるのかな、あたし。だってほら、直人以外の男の人の部屋には――…。



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