《Before, it's too late.》
#03_男の子、女の子:10



 それはかなり――ショック、だ。

 だけど。


 あたしは案外、薄情だったんだな。

 他人にも、自分にも。


 季一先輩の気持ちも、薫子の想いも、直人のことも、…自分の心さえ。

 何ひとつ、判ってない。


 自分の気持ちと季一先輩に向き合え、と、薫子は言った。

 きっと、薫子の言うことは、間違っちゃいない。


 薫子が季一先輩を好きだったように、他にももっと、先輩を好きだった人はいるはず。

 赤い傘とピンクの傘の先輩たちだって、どんな気持ちでいるだろう。




 五時間目に倫理だなんて、シエスタタイムも同然の木曜日。

 季一先輩のクラスは、体育。

 校庭では、走り幅跳びの記録を取っているようで、順番待ちの季一先輩が、夏目先輩とじゃれ合っているのが見えた。


 こうやって、今も授業中に季一先輩を目で追っている人が、どこかのクラスにもいる。

 ちょっと前までは、あたしも目で追うだけだったのに。



「――…野。矢野」

「…」

「矢ー野。佐織のほうだ」

「っわ、え、はい!」


 指された。

 ぼーっと校庭見てたからだ。


「次、読んで」

「つ、ぎ…、はい、えと、」


 読んで、って、何のどこを?

 あわてふためきながら立ち上がると、隣の席から、すっ、とノートが寄ってきた。


 資料集、第二章の七行目。


 余白に小さく書いてあるそれは、すぐに肘で隠されてしまったけれど。


「こ、古代ギリシアの――」


 久しぶりに見た、直人の字。

 相変わらずきったない。


 でも、助かった。

 また直人に助けられた。


 なのに「ありがとう」ひとつ言えないあたしは、やっぱり薄情だとしか言いようがない。



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