《Before, it's too late.》
#03_男の子、女の子:08






「え。ちょっと、今さら何言ってんの?」


 大袈裟にため息をついてみせた薫子が、あたしのお弁当箱からカニさんウィンナーをつまみ出した。

 何なら、多少、睨みすら利かせている気がする。


「ホント、もう、なんだろ、この贅沢娘は。とりあえず全校の窪田季一ファンに謝れ」

「ごめんなさ――…あ、やだ、今日のカニさん成功し、た、あぁぁっ」


 返して、と、言わせてもらえないままに、カニさんは薫子の口の中へダイブしてしまった。ひどい。


「季一先輩は別に今までと変わりないけどね」


 カニさんを飲み込んで満足気な薫子が、プチトマトをあたしのお弁当箱に詰め込む。


「…うそ、」

「ついてどーすんの」

「え、だって――」

「――どっちかっていうと、」



 季一先輩は、まるで砂糖菓子だ。


 これまで、季一先輩の傍にはいたものの、あたしは彼の人となりをほとんど知らなかった。

 湯島に行ったあの日、甘味処に連れて行ってもらって、それはつくづく感じた。

 もっとも、知る機会すら、あまりなかったのだけど。

 甘党なのは、味覚だけではない、ということに、最近気が付いた。



「佐織の方に見えない壁があって、それを超えられずに藻掻いてた季一先輩、って感じだったよ」


 あ、また。

 胃が痛い。


「その“壁”が、矢野くんなのかなー、って、思ってたんだよね、あたし。最近矢野くんもようやく彼女作ったし、“壁”である意味がなくなって、佐織も季一先輩とちゃんと向き合えるようになったんじゃないの?」


 まさか、とは思う。

 誰も――直人以外――知らない“フリ”の恋人同士だったのだから、どちらかがぎこちなく見えていても致し方ない。

 けれどまさか、あたしが気を持たせているように見えていただなんて。


「…直人は、関係ないよ」

「そ? そう言うとは思ったけどさ」



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