《Before, it's too late.》
#02_フェイク:07



 手が、片方、遠慮がちに背中を滑り、あたしの腰を引き寄せる。

 宥めるように、頭や肩に手を廻されたことはあっても、明らかに抱き締められるようなことは、一度もない。

 いつも乗るだけの手の平に、意図して加えられた、力強さ。


「――な、お…?」


 あぁ、ダメだ。

 こんなの、気付いたら、ダメなのに…――。


 腰に廻された直人の手が、微かに震えている。

 あたしはそれに、気付かないふりをしなくてはいけない。


「ね…、ちょっと、冷えてきたね」


 きっと、寒さのせいにしていい。


「中、入ろ?」


 勘違いにしておくから。


「…何で泣いたんだよ」


 あたし、何も気付いてないから。


「…」

「答えろ」


 お願いだから、抱き締める腕に力を込めないで――。


「窪田先輩の傍にいて、佐織はホントに幸せなの? いつまでも彼女の“フリ”とかって、都合よくいいようにされてんじゃねぇよな?」








 結局。

 季一先輩があたしの前では見せない顔で笑っていたのが悔しかった、と白状させられた。


 ううん、言い方が違う。

 白状“させられ”たんじゃない。

 直人には、あたしが泣く理由を知る権利がある。

 今日だけじゃなく、これまでも、ずっと。



 ――窪田先輩の傍にいて、佐織はホントに幸せなの?


 答えられなかった。

 幸せだよ、って、言いたかった。

 だけど言えなかったのは、あたしが、本物の季一先輩の彼女じゃないからだ。


 でも、本当に、それだけ…?







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