《Before, it's too late.》 #02_フェイク:05 そんなの、初めて言われた。 こんな直人、初めて見た。 しんどい、とか。 しんどくない、とか。 考えたこともなかった。 あたしはただ、盲目的に“彼女のフリ”をしているだけで。 ただ、季一先輩の傍にいたくて。 でも。 「な、に言っ…」 驚きのあまり、あたしは思わず手摺りから顔をあげてしまった。 肩に乗っていた直人の手が、滑り落ちる。 「彼氏の背中、遠くから眺めて泣くなんて、幸せいっぱいの女がすることじゃねぇだろ」 「やだ、何言っ…、違うよ、彼氏じゃな――」 「――ああそうだったな、彼氏じゃねぇんだよな。じゃあ、」 滑り落ちて行き場を失った、直人の手が、あたしの頬に伸びて滑る。 頭の上を、重いため息がひとつ、通り抜けた。 「…何で、泣くんだよ」 だって、それは。 「窪田先輩に言えないなら、代わりに俺が聞くから」 話してみればすっきりするだろ、なんて、どうして、直人はいつも。 「――…っ、」 「もう、さ。正直、泣いてほしくねぇんだよ。けど、それでもどうしても泣くんなら、頼むからひとりで泣くな」 親指が、頬を滑る。 濡れてひやりとした感触が一瞬広がって、また熱くなった。 ぎゅうっ、と。 揃えた指が、こめかみから後頭部へ抜けて、後頭部からつむじにかけてを手の平で覆う。 その手の平は、あたしの額を直人の胸に、しっかりと押し付けた。 まるで、抱き締めるように。 [*]prev | next[#] bookmark |