《Before, it's too late.》 #01_キス以上、恋人未満:10 それでも。 八月の暑い午後、神様の粋な計らいによって、講習帰りの季一先輩と、ばったり街で出くわした。 まさかそんなことになるとは思いもよらずに、あたしはきっと、ぼんやりした顔で歩いていたに違いない。 恥ずかしい、なんて思う間もなく、『佐織』と、聞こえた瞬間、呼吸が止まるかと思った。 メールひとつ――“彼女のフリ”を言い訳にして――送る勇気のなかったあたしは、季一先輩が声をかけてくれたのが、泣きたくなるほど嬉しくて。 逢いたかった、と、うっかり言ってしまいそうなのを、ひたすら飲み込んだというのに、 「明日、ヒマ?」 季一先輩は、あたしの我慢に気付くはずもなく、あっさりあたしを喜ばせる。 「夏目が明日、気晴らしに彼女と夏祭りに行くんだってさ。俺たちも一緒に行かないか、って誘われてんだけど、」 「――! …、でも」 「何の遠慮? 今、一瞬すげぇ嬉しそうな顔したくせに」 堪えて漏れる笑いを隠しながら、季一先輩が肩を揺らす。 やっぱり季一先輩には、何でもお見通しなんだ。 あたしなんかと出掛けたりしてもいいのだろうか、と思うより先に、行きたい、と思ったのが顔に出て、それを見逃してはくれない。 「浴衣、持ってる?」 「あ、はい、一応」 「楽しみだなぁ。佐織、浴衣姿似合いそうだもんな」 しかも、まるで本当の恋人同士みたいなことまで言って、あたしを持ち上げる。 季一先輩、ひどいです。 あたし、どんどん夢中になってます。 叶わないのに。 フリなのに。 卒業したら、それでおしまいなのに。 [*]prev | next[#] bookmark |