《Before, it's too late.》 #01_キス以上、恋人未満:08 そもそも、最初からこんな展開は想像していないのだ。 何となくステキだな、と思っていただけだし、ときどき廊下ですれ違ったり校庭で見かけたり、それだけでよかった。 キイチ先輩、って、昨日までは名前だって知らなかったくらいなのに。 「ね、かーれーし。いんの?」 何故かそこにすごくこだわるキイチ先輩に、あたしは首を左右に振ってみせた。 それににっこり満足げにされたりしたら、乙女心的に傷付くべきポイントなんだろうけど、今のあたしはそれどころじゃない。 きっと、この喫茶店の前を通るだけで、今日のことを思い出す。 何なら、紅茶を飲むだけで思い出せる。 昇降口に行くたび。 雨が降るたび。 この白い折りたたみ傘を見るたび。 今この瞬間のことを、鮮明に思い出せる自信がある。 芸能人に憧れるのと、似ているかもしれない。 あたしにとっては、遠い別世界のアイドルだ。 そんな、キイチ先輩が、今。 目の前で、あたしに話し掛けているなんて。 「そかそか。じゃ、ものは相談だけど」 先輩の大きな手が、おもむろに、テーブルの上の、無防備なあたしの手に重なった。 またしても、ビクッ、と、肩を揺らすあたしを、キイチ先輩が柔らかい眼差しで見詰めている。 心臓、破裂しそう。 「――卒業まで、彼女のフリしてくんない?」 [*]prev | next[#] bookmark |