《桜、咲く》
#06_桜、咲く:01




 鈴の部屋から、鳴咽が漏れ聞こえる。

 その声は、小学校にあがる前の、痛々しい鈴を思い出してしまう。


 また、あの頃の鈴に戻ってしまうのだろうか。

 また、殻に篭ってしまうのだろうか。





 ――コンコン

 弱々しいノック音。
 ドアの向こう側から、啜り泣きが聞こえてくる。

 二十一時にあと少し。
 帰ってきたのが夕方だから、かれこれ三時間以上、鈴はひとりで泣いていた。


「どうした?」


 できるだけ柔らかく迎え入れると、片手に携帯を握り締めていて、もう片方の手は俺のシャツの裾に延びた。


「千裕く…」

「うん」


 ポタポタと涙を零す鈴を部屋に入れて、座らせる。

 いつもなら、抱き締めてあやしてやるのだが、それはもう、俺の役目じゃない。

 連れて帰ってくるときに、俺が鈴を抱き上げた瞬間の、和紀の悔しそうな顔が蘇る。

 …まぁ、わざと抱き上げたんだけど。


「どした」

「…和紀くん、から、メール、と…、着信がいっぱいあって」

「うん」


 そこまで言うと、鈴はまた、子供のように泣き始める。


「もうやだ? 和紀も怖くなった?」


 小さく首を横に振り、携帯をテーブルに置いて、両手で顔を覆った。

 見るともなしに、目に入ったメール。


 =====
 怖い思いさせて、
 ホントごめん。
 落ち着いたら、連絡して。
 ずっと待ってるから。
 =====


 何通目のメールなんだろう。

 待ってる、なんて、言えるようになったのか、和紀め。


「…和紀に、逢える?」


 あんな目に合って、こんなに泣いて。


「逢い…、たい、の…ぉ!」


 正直、驚いた。

 目の前の鈴は、とっくに俺が知っている鈴じゃなくなっている。

 恋を知った、十七歳の、鈴。

 そうさせたのは、和紀。


「しゃーねーな」


 車のキーを掴み、膝に手をかけて立ち上がり、鈴の頭を撫でる。


「行こ? 和紀待ってる」




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