《桜、咲く》
#02_男を怖がる女:05




「…昨日、千裕くんに、訊いたんでしょ、あたしのこと」

「幼稚園の頃のトラウマ、って話?」

「面倒くさい女だ、って思わないの?」

「面倒とかと違う次元だろ、それは」

「でも、」

「だってさ、俺には普通にしてんじゃん? それとも、俺が気付かないだけで、相当ムリしてんの?」

「そうじゃな――」


 ふと、どこからか「四葉の三枝鈴じゃん」という、囁いているつもりの無遠慮な声が、こちらまで聞こえてきた。

 鈴はうんざりした表情を見せると、それを隠すように深く頭を垂れてしまった。


「――…ああいうの、イヤなんだもん」


 カバンの縁を両手でぎゅっと握って、下唇を噛んだ。


「も少しさあ、自信持ってもいんじゃねぇの?」

「自信?」


 意味が判らない、という顔をして、目だけでこっちを見る。


「男も女も、どこの学校の誰がカッコイイとか、可愛いとか、そんな噂ばっかしてる、ってこと」

「それとあたしと何の関係があるの?」

「…自覚ないのか」


 思わずクスリと笑うと、不快な表情を見せる。


「あんたはイヤだろうけど、ここらの野郎共の中じゃ有名だ、ってことだよ。三枝鈴ちゃん、は」


 ようやく理解したらしく、青くなっていた顔が一気に赤くなる。


「道理でさっきから、嫉妬の視線がチクチク痛い」

「そん、な、こと…」

「ちょっと、優越感、かな。俺はね」


 年季の入った男嫌いは、ともすれば男心を全く知らない、貴重な存在で。

 最初に鈴を――雪の日に千裕さんのベッドの上で――見て感じた“無垢”って感覚は、あながち間違ってはいないようだ。








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