《桜、咲く》
#01_女を信用しない男:13




 電車が揺れて、少し楽になるスペースができた。

 後ろから押されていた肺に、大きく酸素を取り込むふりをして、ため息。

 肩を抱いていた腕を壁に戻すと、鈴と目が合った。


「怖…、く、ないよ」

「ウソつけ」


 ブルブル震えて、心臓バクバクさせといて、怖くないなんて変な気ぃ遣いやがって。


 電車は、もうすぐ鈴が降りる駅に着く。

 車内にアナウンスが入る。電車が停まれば、鈴とはこれきりだ。


「あの…」

「何?」

「ありが、と…。もう、降りなくちゃ」


 スローダウンする電車に、反比例する俺の感情。


「うん」

「…降りるね」

「う、ん」


 電車が停まり、ドアが開く。

 吐き出されていく、人の波。


「あの、腕を…」

「…うん」


 鳴り響く発車のベルは、電車の中で全部聞いた。


「どうして…?」


 俺は電車が発車してもなお、腕の中に鈴を囲っていた。

 ゆっくり、ゆっくり、電車が加速する。


「このまま、デートしよっか」


 混雑をいいことに、わざと耳元で囁く。

 こんな台詞、千裕さんが聞いたら卒倒するな。いろんな意味で。


「デー…!?」


 鈴は真っ赤な顔をして、半分口を開けて何かを言いかけたまま、固まってしまった。


「いや?」

「だ…って、学校…」


 あぁ、そうか。

 四葉女子のお嬢様には、学校をサボるっていう概念がないかもしれない。


「じゃ、さ。今日の放課後迎えに行く」

「何…、で?」

「放課後、教えてやるよ」


 何で、なんて、俺が訊きたいくらいだ。

 今日の俺は、自分が意図しないことをベラベラとよく喋る。

 次の駅で降りて、反対方面の電車に乗り直すと、学校まで送るというのを断られた。


 こいつといると、ちょっと予期しない俺が出てくる。

 おもしろいかもな。

 三枝鈴。








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