《蛍の群れ》 #01_一目惚れ:10 細胞が固まったあたしを助手席から降ろし、望月さんは、そのまま黙って手を引いて歩き出す。 ひんやり。 あたしの手が熱いの、ちょっと恥ずかしいかも。 「…あー、まだ時期早かったかな」 しゃりしゃりと足元が鳴り、アスファルトやコンクリートではない地面にいるのだと、教えてくれる。 「ここ、どこですか?」 公園、のような。 森、のような。 微かに空気が揺れる音と、どこかに隠れている虫の声。夜露に濡れる草の息吹。 肌を掠める風は、望月さんの手のような温度。 砂利混じりの足元は、暗がりでは少々覚束ない。 「あそこ、池が見えるだろ?」 繋がれていない望月さんの手が持ち上がり、長い人差し指が示す前方に、目を凝らす。 しっとりとした、黒。 全ての闇を集めたようなその色は、静かに何かを待っているようだった。 「この池に、蛍がいるんだ」 「蛍?」 「見たことある?」 「テレビでなら…」 「見せたかったんだけど。まだ早かったみたいだ」 残念、と、望月さんは髪をかきあげる。 「…見たかったなぁ」 ぽつり、呟いた台詞。 それは、自然と心の底から出たもので、他意がある訳じゃない。 いつかテレビで見たそれを、この目で見たいと思うのに、理由なんてない。 「それ、また連れて来て、っていう意味だと思っても、いいのかな」 きゅっ、と、望月さんの手があたしの手を強く握る。 その感覚に顔を上げると、望月さんがあたしの表情を覗き込むように、身を屈めていた。 ち、近い――。 [*]prev | next[#] book_top |