《Hard Candy》
#08_胸騒ぎ:08



 澪の家近くの公園から電話をすると、程なく彼女の姿が見えた。


「どうしたの? バイトは?」

「あぁ、うん。もういいんだ」


 俺の姿を見留めると、小走りに駆け寄ってくる。

 出迎えるように腕を広げて抱き締め、澪の香りで身体の中を充満させた。


「…急に、逢いたくなって」

「ふふ」


 はにかむように微笑んだ澪の腕が、俺の背中に廻る。

 澪が触れる箇所が、熱く脈打つ。


「澪」

「なぁに?」

「メット、選びに行こうか」

「これから?」

「明日。放課後」

「ん」


 きゅっ、と、澪がしがみつくように距離を詰めた。

 胸板に頬を押し付けて、背中のシャツを握り締めて。

 設えたように、澪はすっぽりと俺の腕に収まる。

 それだけ、と言ってしまえばそれだけのことだけど。

 俺だけが澪の全てを包み込んでいるこの感覚は、渇いた心を充分に潤し、そして奥底に隠された衝動を飢えさせる。


 ――澪が俺に抱かれてもいいと思ったら教えて


 確かに、俺はそう言った。

 今だってそう思ってる。

 澪の気持ちを大切にしてやりたい。

 なのに。


 ――澪は、雨宮を受け入れんのかね


 柾木が、俺を惑わす。

 おかしな捨て台詞なんか残しやがって。

 何でボコったりしてんだよ。

 すげぇ、イラつく。




- 80 -



[*]prev | next[#]
bookmark



book_top
page total: 90


Copyright(c)2007-2014 Yu Usui
All Rights Reserved.