《Hard Candy》 #08_胸騒ぎ:02 「ねぇ、凪」 「うん?」 「あたし、どこにも行ったりしないよ? 柾木くんのとこに戻りたいなんか思わないし、凪以外の人と一緒にいたくない」 「…可愛いこと言うね」 だからこうして、ハードなキスを、繰り返してしまう。 どうにかして俺を安心させようとしてくれる澪に甘えて、俺は自分を苦しめる。 澪にも、潤にも、柳川にも、言えない闇を抱えたままで。 澪の闇を、取り払うために。 一度見てしまったものを、忘れるなんて無茶な話で。 そして人は、真実よりも、思い込みに傾倒する。 あの日の画像が、澪でも、澪でなくても。 柾木が過去に、澪を大事にしていても、いなくても。 俺の腕の中にいる澪は、俺だけが知っている澪。 …の、はずなのに。 ――澪のこと、どこまで知ってんの? どこにも行かない、と、澪は俺にしがみつくのだから、その細腕を信じていればいい。 俺が知らない澪がいたって当然だ。 澪が知らない俺もいるのに。 ――知らねぇほうが幸福なことも、あるよなぁ? 澪の全てを知りたい、とは思う。 でも、世の中の恋人同士のどれだけが、相手を一から十まで知り尽くしているというのだ。 知らないまま結婚して、幸福に老後を迎える夫婦だっているじゃねぇか。 誰にも知られたくない話のひとつやふたつ、あったとしてもおかしくは――。 [*]prev | next[#] bookmark |