《Hard Candy》
#08_胸騒ぎ:02



「ねぇ、凪」

「うん?」

「あたし、どこにも行ったりしないよ? 柾木くんのとこに戻りたいなんか思わないし、凪以外の人と一緒にいたくない」

「…可愛いこと言うね」


 だからこうして、ハードなキスを、繰り返してしまう。


 どうにかして俺を安心させようとしてくれる澪に甘えて、俺は自分を苦しめる。

 澪にも、潤にも、柳川にも、言えない闇を抱えたままで。


 澪の闇を、取り払うために。




 一度見てしまったものを、忘れるなんて無茶な話で。

 そして人は、真実よりも、思い込みに傾倒する。


 あの日の画像が、澪でも、澪でなくても。

 柾木が過去に、澪を大事にしていても、いなくても。


 俺の腕の中にいる澪は、俺だけが知っている澪。

 …の、はずなのに。


 ――澪のこと、どこまで知ってんの?


 どこにも行かない、と、澪は俺にしがみつくのだから、その細腕を信じていればいい。

 俺が知らない澪がいたって当然だ。

 澪が知らない俺もいるのに。


 ――知らねぇほうが幸福なことも、あるよなぁ?


 澪の全てを知りたい、とは思う。

 でも、世の中の恋人同士のどれだけが、相手を一から十まで知り尽くしているというのだ。

 知らないまま結婚して、幸福に老後を迎える夫婦だっているじゃねぇか。

 誰にも知られたくない話のひとつやふたつ、あったとしてもおかしくは――。




- 74 -



[*]prev | next[#]
bookmark



book_top
page total: 90


Copyright(c)2007-2014 Yu Usui
All Rights Reserved.