《Hard Candy》 #07_コトバ:02 「だって、凪、人数多いんだもん。全部気にしてたらキリがないよ」 「違いねぇ」 プッ、と大きく吹き出して、笑い過ぎな喜多川くんは、手にしていたフォークを落としそうになる。 「自分のことは棚に上げて、ひでぇよな」 「…あたし、信用されてないのかな」 柾木くんに逢ったりなんか、絶対にしないのに。 「いや、それだけ澪ちゃんのこと、大事にしてんだよ。人それぞれだからさ、窮屈かもしんないけど、凪なりの愛情表現だ、って、判ってやって?」 「…うん」 「度量の広いところ見せられる程、オトナじゃねぇんだよ。自分のテリトリーに、囲っておきてぇの。どんな状態になっても不安なんだよ」 ストローで掻き回される氷の粒が、グラスと触れ合う。 触れては離れ、離れては触れて。 あたしの気持ちは、氷のように溶けてなくなったりしないのに。 男なんて案外そんなもんなんだよ、と、喜多川くんは笑っていたけど。 凪のは、それだけではないような気がする。 凪の様子がおかしいな、と、思い始めたのは、ケンカして学校を休んだ日あたりから。 どうしたの、なんて、気軽に訊けるような雰囲気でもなく、凪の口数が減ったから、余計に話しかけにくいし。 凪があたしに元気をくれるように、あたしが凪に元気をあげられないのが、悲しくて口惜しい。 あたしは、ただ、お人形のように笑っているだけなんて、イヤだ。 凪の、力になりたいのに。 「澪」 だけど、凪があたしを呼ぶ声は、やっぱり優しくて。 あたしの心に、すぅっ、と、染み込んでいく。 あたしを「澪」って呼ぶ権利は、凪のもの。 決して、柾木くんなんかじゃない。 「こないだ澪が観たがってた映画、レンタル出てたよ。今日、ウチ来る?」 ふわり、と、薄く香る、4711ポーチュガルの甘いシトラスの匂いが、あたしを抱き締める。 「うん。行く」 あたしはもう、この香りじゃないと、安心できない。 [*]prev | next[#] bookmark |