《Hard Candy》
#05_元カレ:02



「もういいってば!」


 掴まれた腕を、力任せに振り払う。


「ホント…、勝手な女だな」


 チッ、と、浅い舌打ちが聞こえた。

 勝手、って。

 どっちが、と叫びそうになって、浅く息を吐く。落ち着け、あたし。


「勝手でもわがままでも、何とでも言えばいい。あたしはもうマサキくんを前みたいに想えないし、マサキくんがしようとしてたことも許せない」

「は…? しようと…って、お前、」

「あたし、聞いちゃったの。偶然だったけど、でもはっきり聞こえたの」


 ――今回は失敗かぁ

 ――純情そうでよかったのに


「…つまんない女、いつ友達に差し出す予定だったの?」


 唇が、震える。

 言えばマサキくんが怒り出すのではないか、という畏怖と。

 もし本当にそうなっていたとしたら、という恐怖と。

 踏みにじられた、やり場のない、あたしの想いと。


「それ…、どこで…」


 あたしの震えを上回る程に、マサキくんは青ざめていて。

 まさかそんな反応をするなんて思ってもみなくて、あたしのほうがうろたえた。


「そ…っか、知ってたんだ」


 ははっ、と、乾いた笑い声。


「それについて言い訳はしねぇよ。でもな、――」

「――っ、だから!」


 聞きたくないんだってば。

 もう戻れないけど、少しはいい想い出、残してくれたっていいじゃない。


「…もう、帰るから」


 澪、と、マサキくんらしくない弱々しい声がしたけれど、振り返ることはできなかった。


「諦めねぇからな」


 捨て台詞のようなそれだけははっきりと聞こえて、さっき握り込んだ胸元の奥が、ヒリヒリと悲鳴をあげた。








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