《Hard Candy》 #05_元カレ:01 「澪」 やめて。 もうその声で呼ばれるのはイヤ。 「なぁ、澪、って」 「着いてこないで」 あれから――初めて凪のバイクに乗せてもらって、背中を見送ったあとを、運悪くそこに居合わせたマサキくんに見られてから――というもの。 凪が一緒にいない時間を見計らったように、マサキくんが現れる。 まるで、凪のスケジュールを知っているみたいに、怖いくらい絶妙のタイミングで。 「バイクの男、元気?」 「マサキくんには関係ない」 「まぁ、そういうことにしておいてやってもいいけど」 意味深な物言いに、あたしは足を止めて後ろを歩くマサキくんを振り返ってしまう。 「…どういう、意味?」 「さぁ?」 含み笑いが不愉快で、目線を落とし、背中を向ける。 好きだっただけに、不愉快、と感じることに戸惑いがある。 その戸惑いすら持て余していて――気持ちの行き場を見失いそうで、怖い。 「澪」 おもむろに腕を取られて、前を向き損なった。 ひやり、まるで冷血動物のそれのような、不快なまでの指先の冷たさに、ぞっとする。 「触らないで」 「お前が何で怒ったのか、ちゃんと判ってるよ」 例えるなら、脳を握り潰されたような衝撃、とでも言えばいいだろうか。 絶対に、この話はマサキくんとはしたくなかったのに。 「――、っ…」 まるで稲妻が走るように、目の前がチカチカして、あのときの気持ちが蘇る。 息が止まりそうで、思わず胸元を握り込む。 ――つまんねぇ女だな、反応なしかよ 「俺、さ、」 [*]prev | next[#] bookmark |