《Hard Candy》 #03_マサキ:11 「…もう来ないで、って、マサキくんには言ったの」 「うん」 「なにか言いかけてて、でも、あたし聞かなかったの」 「うん」 「久しぶりにマサキくんの顔を見たんだけど、…嬉しくなかったの」 「うん」 「雨宮くんが、」 ――きっと澪は、俺を好きになるよ 「うん?」 「…あたしを、澪、って、呼ぶの」 「うん」 「あたし、それ嫌じゃないの」 「うん」 「なんでか判んないけど、雨宮くんには、男に騙されたバカな女、って、思われたくないの」 「澪…」 ポタリ、と、押し込め切れずに零れた涙で、制服のスカートが滲む。 「すぐ心変わりするような軽い女だ、って、思われたくないから、」 由佳の手が静かに離れて、あたしは顔をあげた。 正面に座っている由佳の視線は、あたしを通り越し、頭の上を見ていて。 「――だってよ。ちゃんと聞いてた?」 「…へ…?」 「バカだな」 低い声が降ってきて、背中からふわりと包まれる。 「そんなこと思ってねぇよ」 あたしを包み込むのは、昨日と同じ腕。 「なんで泣いてんの?」 それは昨日、保健室で訊かれたのと、同じ台詞。 耳元で囁かれた声は、ひどく優しくて。 「あま、み…」 「よかったね、澪」 由佳が、満面の笑みを浮かべる。 教室のあちらこちらから、囃し立てる声が聞こえる。 「マサキを忘れる準備、できたんだ?」 肩口に埋められた雨宮くんの声に、あたしは何度も首を縦に振っていた。 ――ねぇ、忘れたら、俺のことも名前で呼んで? [*]prev | next[#] bookmark |