《Hard Candy》 #03_マサキ:02 「…そんな言い方、ズルい」 「ははっ。かもね」 胸の奥が、おかしな音をたてる。 最後に、と、ちゅっ、と音をさせて、触れるだけのキスをして、雨宮くんは陰のある笑みを浮かべた。 ごめんね、判ってる。 ズルいのは、あたしのほう。 「送ってく。これ以上キスしてたら、悶々として今夜眠れなくなる」 そう言って苦笑いを浮かべると、あたしの手を取って静かに立ち上がった。 引きずられるように立ち、カバンを掴んで後に着いていく。 「暑くなってくると汗かくからさ、化膿しないように、こまめに消毒しなね」 あたしの目は、雨宮くんの左耳を追う。 銀の粒と、小さな輪。 シンプルだけど、雨宮くんによく似合っている。 いつ、空けたんだろう。 どうして、空けたんだろう。 「――何?」 見られている、と、意識させるくらい、あたしは見つめていたのだろうか。 突然恥ずかしくなって、首を横に振りながら顔を俯けた。 玄関を出ると空はどんよりと鈍く、今にも泣き出しそうな色をしていた。 「澪ん家、どの辺?」 一度空を見上げた視線は、あたしに向けられる。 「駅で言ったら隣駅だけど…。いいよ、駅までの道教えてくれれば。雨降りそうだし」 「バカだな、なおさらひとりで帰す訳にいかねぇだろ」 あたしのつむじに、ポン、と手を置いて「待ってて」と言うと、家の中に引き返した。 比べたりしたらいけないのは判ってるのだけど、こんなところはマサキくんと違う。 マサキくんはこんなとき『雨降りそうだから走って帰れよ』と言う。 雨に濡れるなよ、という、優しくはない彼なりの“優しさ”なのは気付いていても、それが少し寂しい、と、あたしは思っていた。 [*]prev | next[#] bookmark |