Many loves | ナノ





届かないと知って逃げて



しばらく泣いて、泣いて、泣きまくった。
図書室から出た俺は、一度トイレに向かった。
ずっと泣いてしもうたきに、酷い顔でもしよるんじゃろ…。
どん位泣いとったんかはわからんが、六時間目が始まってしもうた事はわかる。
…五時間目、サボってしもうたのぉ。

苦笑を漏らしながらトイレに入り、鏡で自分の顔を確認すれば、そこには真っ赤な目のブッサイクな面した俺が立っとって、笑うしか出来んかった。

今までこがいに泣いた事があったんじゃろうか、俺の記憶では、泣いたことすら片手で数えられる位なんに。


「……帰ろ。」


一人寂しく呟けば、ちいと早歩きで歩き出す。
教室には戻れん。
こんな顔を丸井や他ん奴らに見られでもしたら、笑い事じゃすまなくなるけえの。
なぁに、携帯や財布と定期は全部ブレザーに入っちょるけえ、荷物がなくて困ることもなか。

…明日から、部活どないしよ。
そないな事ばっかり考えながら、昇降口で買ったばっかの(しかも偶然にも柳生とお揃いの、)スニーカーを乱雑に履く。
踵を潰せば真田が怒る上に、すぐにボロボロになるけえ、今まで潰さん様にしとったが、もうええ。
新しく買い直す事にしたきに。

…柳生、か。
間違いなく、柳生はダブルスを解消してしまうんじゃろうな。
まぁ、それが当たり前っちゅーたら当たり前じゃけど。
男を好きになってしもうた野郎と一緒にテニスなんてしたないじゃろうし、ましてや自分が狙われてるんを知ってたら、な。

フゥ、と一つため息をつきながら、先公に見つからん用に小走りで校門を出る。
ふと校舎を見上げてみれば、誰かと目が合った気がした。
…誰とかはわからんけえど、何故かそんな気がしたんじゃ。

家に着いた俺は、すぐさまベットに寝転んだ。
午前中授業で早く帰ってきとった弟の声が遠くの方で聞こえた気がしたが、俺は聞こえんフリをして返事をせんかった。

…ホンに、どしよ。
なん、柳生ん事しか考えられんようになっとる。
今柳生は何をしちょるんか、柳生は誰と話しちょるんか、柳生の心ん中には誰がおるのか…、柳生は…もう俺に笑うてくれないんか…。

嫌じゃ、
嫌じゃよ、
柳生の笑顔が見とぉ、
柳生ん傍にいとぉ、
柳生を話しとぉ…。

なして、なして俺はあないな事口走ってしもうたん?
言わなければ、ずっと心ん中にしまっておけば、柳生に嫌われんかったんに。
柳生に『最低』なんて言われんかったんに。

…女として生まれれば良かった、とは思わん。
もし女として生まれてしもうたら、俺は柳生ん事を知らんかったじゃろう。
柳生の優しさも、柳生の笑顔も、試合中のあの真剣な顔も…。好きになったとしても、見かけだけで好きになっとったじゃろう。
そんなん、嫌。

…考えれば考えるほどに、柳生への想いが募る。俺、女々しいのォ…。


「……柳生…っ。」


あの時の柳生ん顔が鮮明に頭に残っとる。
怒りに満ちてとって、俺を軽蔑するような、柳生ん瞳…。
嗚呼、また泣きそうじゃ。
柳生ん声が、表情が、手を振り払われたときの感覚が鮮明に思い出されて、
あの時が再現されたような錯覚に陥ってしもうた。
『最低な人』その一言が、胸に突き刺さって、離れんくて。
苦しい、息が、息ができん…。



――…♪〜…――



いきなり鳴った携帯に驚いて肩が跳ね上がる。
それと同時に勢いよく息を吸ってしもうたからむせ込んで、咽を手で押さえればじっとりと汗をかいとった。
…なん、悪夢を見た後みたいじゃな。

着信が長いことで、電話じゃという事が解った。
俺は手探りで携帯を取り出せば、着信画面を見ずに目を瞑ったまま電話に出た。


「…もし、もし…。」


息を整えながら電話に出る。電話の向こうからは僅かに車ん音が聞こえてきおった。


《もしもし、仁王か?》


電話口から聞こえてきた声は余りにも予想外じゃった。
っちゅーか、番号教えとったかのぉ…?


「…参謀?」


《お前、無断で早退しただろう。》


「なんで知っちょるん?」


《…偶然にも荷物も持たずに帰るお前を見つけてしまったのでな。》


「あー…そか。」


《それで、弦一郎に許可をとって荷物を届けに来た。出迎えてはくれないか?》


「わかった…って、え?」


参謀の言葉に慌てて部屋のカーテンを開ければ、二つのラケットバックを持って携帯を耳に当てている参謀の姿が見えた。
 
…なして、参謀がここにおるん?
真田に許可をとった…っちゅーても、学校からここまではかなりの距離があるじゃろ?
しかも参謀ん家は全く逆ん方向で、時間もかかったはずじゃし…。
…頭がうまく回らん。

ハッと正気に戻れば、窓の外の参謀は不思議そうな顔をしてこっちを見上げとって…顔?
あ、いかん、今ん俺はブッサイクな面しとった…。
そう思い出せば慌ててカーテンを閉じて、電話口の参謀に言った。


「…そん、すまんけえど、その荷物玄関先に置いておいてくんしゃい。後で取りに行くけえ。」


《…わかった、置いておこう。》


…とりあえずは一安心じゃ。
こがいな顔は誰にも見られとぉなか。
それに、参謀の事じゃ、何があったんか根掘り葉掘り聞かれるじゃろうしのぉ。
…あー、また思い出してしもうた。
もう思い出したくないんに…。

恐る恐るカーテンを開ければ、いつの間にか参謀はおらんくなっとって、俺は安心しながら部屋を出た。
…じゃけえど、珍しく参謀が何も聞かんかったんが不思議でしゃあない。
いつもなら、『何故学校を抜け出した』『一体何があった』とかって聞いてくるんに…。
なん、もしかして柳生から話は聞いたとか?

まあ、深く考えてもわからんきに、俺は考えるのをやめて玄関を出た。
門の所に見慣れたラケットバックを見つければ、俺はため息を一つ吐きながら門を開け、 ラケットバックに手を掛けた………はずじゃった。




「…仁王、お前の家は客人を追い返すのか?」



…俺の手を、何か…いや、誰かの手が掴んどる。
ゆっくりと視線をそっちに向けりゃ、そこには壁に凭れ掛かっとる(そんでかい身長を隠すためなんか地面に座り込んで)参謀が居た。

…なして参謀がここにおるん?
帰ったんじゃなかったんか?
…俺は今参謀に腕を掴まれとって、参謀は離す気がないのか手に力がこもっとって…。


「折角、お前の荷物を届けるためだけに部活を休んでまで来たんだ。家にあげてくれてもよいのではないのか?」

確かに参謀の言う通りじゃ…けど、俺はこん顔が見られとぉないんじゃき、必死に顔を背ける。
こんな泣き腫らした目も、擦り過ぎて赤くなった鼻も、乾いた涙の跡も、見られとぉない…っ。


「…仁王、お前…その顔どうした?」


…いけん、見られとった…。
こんな弱い姿、誰にも見られたくなかったんに。

俺はもう諦めて、参謀ん方を向いた。
参謀は驚いた表情をして…しかも開眼して俺を見た。笑いたいんなら笑えばええじゃろ…ははっ、ペテン師の面目丸潰れじゃのぉ。


「…家、入るか?」


恐る恐る参謀に問えば、参謀は少しだけ目を開いて、それから「あぁ。」とだけ呟いた。


参謀を部屋に通して、俺は台所まで飲み物をとりに行った。…やっぱし、ここは茶が妥当なんか?…はぁ、面倒じゃな。

茶を入れて部屋に戻れば参謀は俺んベットに腰掛けて、何かを考えているようじゃった。
…柳生から、聞いとらんかったんか。

お茶ドーゾ、なんて言いながら参謀ん前に茶を出せば、参謀はハッとして湯飲みを受け取った。
ありがとう、と小さな声で呟けば、参謀は湯飲みを持ったまま、再び何かを考えるようにうつむく。
…あー、こげな参謀を見るんは初めてじゃな。
いつもみたいな冷静さは見当たらず、焦っているような、緊張しているような…そげな感じ。


「…聞かないん?」


椅子に座って参謀にそう聞けば、参謀は少しだけ顔を上げて、俺を見た。
聞かないで欲しいんだろう、と言われて、俺は苦笑を漏らした。
なして参謀にはお見通しなんじゃろ。


「…何故お前がそんな顔をしているのかは、わかっている。」


流石参謀、なんて言おうと思っても、声にならんかった。
また、さっきの柳生ん言葉が、表情が鮮明に思い出されて、胸が苦しゅうなる。

あぁ、嫌じゃ、また泣きそう。
男が泣くなんて、とかって言われるかも知れんけえど、もう柳生ん笑顔が見れないとか、柳生ん傍におられんとか、柳生と話せんとかって考えるとどうも俺の涙腺が緩んでしまうらしい。
俺って、全部柳生中心に出来とったんじゃな、よくよく考えてみりゃ、心から笑えた時じゃって、柳生が関わった話じゃった気ィするナリ。
怒った時も、柳生が馬鹿にされとったからで……アレ、なん、頬が熱い。
あ、いつん間にか参謀ん顔が近くにある。
参謀が、俺ん頬に手を添えとる…。


「…泣くな。」


俺、泣いとるん?
そう思うて目を擦れば、スルッと手が滑った。
あぁ、ホンマじゃ、俺泣いとった。
…嫌じゃ、参謀に泣き顔なん見られとぉなか。


「泣くな、仁王。」


無理、涙止まらん…。

なぁ、柳生…お前さんを好きにならんかったら良かったんかもな…。






そうしたら…参謀の口付けを拒めたはずなんに……





20110524




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