俺の世界のお前は綺麗で 昼休みが来た。 俺の毎日の日課になっている図書室通いのために、今日も歩みを進める。 誰かに呼ばれても、無視を決め込んで。 誰にも、この時間だけは邪魔されたくないんじゃ。 この時間は、俺の楽しみの一つ…。 仁王みたいに面倒臭がりの奴が図書室に通うなんて考えられない…、同じクラスの丸井にそう笑いながら言われた。 でも、俺は別に本を読みにわざわざ図書室まで足を運ぶワケじゃない。 漫画ぐらいしか読まんしのぉ? そんな俺が唯一図書室に足を運ぶ理由。それは――…… 「…おや、仁王君、またいらっしゃったのですか?」 柳生比呂士、俺んダブルスのパートナーでもあり、大事な大事な存在の奴。 俺の一方的な気持ちに気づいてくれん鈍感野郎…とでも言った方が早いか。 キレーな栗色ん髪に、向こう側が見えん眼鏡(向こうからなら見えるんじゃが)に、物腰柔らかな口調…。 俺とは真逆の性格でも、試合となると、俺よりも冷酷なプレイ。 俺が柳生に惹かれるまでに、そう時間はかからんかった。 「柳生、今日も何かオススメの本とかなか?」 柳生の隣に座れば、ふわりと香るシャンプーの匂い。男でシャンプーの匂いがする奴なんてそうそうおらん…。 柳生が微笑みながら何か説明してくれとるようじゃったが、俺の耳には一切入ってこんかった。 ゆっくりと動く唇、眼鏡で瞳は見えんけど、表情を変えるたびに動く眉、時折首を傾げて、俺に微笑みかけて…。 「…仁王君、どうかしました?」 どのくらい柳生を見つめてたんかはわからんけえど、ハッと気がつけば、心配そうな表情を浮かべて俺ん顔を覗き込む柳生…。 アホ、そがいに見られたら俺でも照れるじゃろ!…とか言えたら楽なんに、言えない。 俺ん気持ちは、柳生には邪魔にしかならんから。 ばれたらどうなる? 『仁王君、そんな冗談は止して下さい。』なんて言われるか、嫌われるだけ。 柳生に嫌われたりなんかしてしもうたら、俺はもう生きていられん…、柳生は、俺の全てじゃき。 柳生んことは、テニス部に入った当初は嫌いじゃった。 お堅い奴としか思うちょらんくて、近づきたくも無かった。 やのに、いつの間にか、俺は柳生に惹かれちょった。 「…んーん、どうもしちょらんよ?」 ニッと笑みを柳生に向ければ、そうですか、と呟いて柳生の視線は読んでいた本に向けられる。 昼休み終了の予鈴が近づいてきて、図書室にはいつの間にか俺と柳生しかおらんくなっとった。 (…どないしよ、なん、こんなに緊張するなんて……。) 今までも何度も二人きりになっとったのに、今日に限って緊張してしもうた。隣にいる柳生にばれていないか…ただそれだけが気になって。 柳生は先ほどと変わらず真剣な表情で本を読んどる。 テニスしている時よりかは幾分か柔らかい表情じゃけえど、俺はまたその表情に恥ずかしながらもときめいてしまう。 あぁ、顔が赤くないといいんじゃが…真っ赤な顔なんてしとったら、ペテン師の名に傷がついてしまうじゃろ…なしてこいつの前では平然と偽れないんじゃ。 不意に、終了五分前を伝える予鈴が耳に入った。 それと同時に柳生が読んでいた本にしおりを挟み、椅子から立ち上がる。 「予鈴が鳴ってしまったので、戻りましょう?」 いつもの笑みを浮かべて俺に背を向ける柳生。 …離れとぉなか、何故だかそう思って、俺は知らず知らずに柳生の腕を掴んで立ち上がっとった。 がたん、と椅子が倒れる音がする。 廊下からは生徒達の急げ、遅れる、等の慌てた声が聞こえてきた。 それでも俺と柳生は全く動こうとしない。 柳生が、不思議そうに俺を見とる。 あぁ、駄目じゃ、気持ちが抑えられん。 「柳生…俺はお前さんが好きなんじゃ。」 しばらく時が止まったような気がした。 外からは変わらず生徒達の声が聞こえてくる。 それでも、何にも言わずに俺らは立ち尽くした。 言ってしもうた。 柳生の顔が見られん。 腕を掴んだまま、下を向いて唇を噛み締める。 恥ずかしい、というよかは、後悔…。 なして、今言うたん? 今やのぉて、もっとしっかりした場所で……。 「……仁王、君…。」 柳生が震えた声で俺を呼んだ。 今、柳生はどんな顔をしちょるんじゃろ…。 柳生ん顔が見とぉ。 じゃけえど、怖くて顔が上げられん…。 固く目を瞑れば、手が震える。 あぁ、嫌だ。 こんなに怖いなんて思わなかった…。 「……貴方は、貴方は最低な人だ!」 いきなり耳に入ってきた、柳生の声。 最低?俺に向かって、言うちょるん…? さっきまで柳生の腕を掴んでいたはずなのに、肩がガクンと落ちて手が机に当たる。 柳生に、振り払われた? ばっと顔を上げれば、今まで見たことの無いような、怖い表情を浮かべる柳生。 こがいな柳生、見たことがなか。 今まで俺に向けられてきた表情とは比べ物にならないくらいに怖くて、怒りに満ちた顔で……。 俺はすぐに何かを言おうとしたけえど、声が出なかった。 柳生が、柳生が行ってまう。 行かんで、そう叫びたくても、俺ん喉からは空気しか漏れん。 柳生の背中が見えなくなって、俺の視界は歪んだ。 柳生に、嫌われた。 最低って、言われた。 あんな柳生、見たことがなかよ。 「…う、そじゃ…。」 必死に声を絞り出して、小さく呟く。 それと同時に、床に座り込む。 「嘘…じゃよ…。」 ポタ、と床に水滴が落ちて、自分が泣いているっちゅーことが解った。 止まらん、ずっと、涙が流れとる。 「冗談…っ、じゃから…!」 醜い嗚咽が出る。どないしよ、柳生がおらんかったら、俺は、 「嫌わんで…っ柳生…!」 俺は、もう、戻れないと、解った。 20110524 [*前] | [次#] 目次へ帰ル |