8月のある日。
外に出たくなくなるほど快適な理事長室で机の上に山積みにされた書類たちに目を通していると、マイが紙と針を持ってトコトコと近づいてきた。

『メフィストさん、メフィストさん!』
「はいはい。なんですか?」

紙と針の組み合わせに首を傾げながら、私はマイの話を聞くために書類を置いた。

『メフィストさんがよく言ってるあれを教えてください!』
「あれ、ですか?」

あれを教えてくれと突然言われても正直困る。そもそも私自身としては口癖はそんなにないと思っていたのだが知らないうちによく口にしていたのだろうか。うーん、と私が悩んでいるとマイも同じように悩み始める。しばらくふたりで悩んでいるとマイが、あっ!と声をあげた。

『「あいん、つわり、どらい!」ってやつです!メフィストさん!』
「あぁ、それですか!正しくは「アインス、ツヴァイ、ドライ」ですよ、マイ☆」
『アインス、ツヴァイ、ドライ!』
「はい、そうですよ」

何度も楽しそうに繰り返すマイを見ているとなんだか癒されますね!私とお揃いの服を作って撮影会でもしようかと和みながら計画しているとマイが突然、手に持っていた針を指に躊躇うことなく刺した。その行動を見た私は声にならない叫び声をあげてマイから針を取り上げた。

「ちょっ、マイ!?いったい何をしてるんですか!血が出てるじゃないですか!」

いつから自分の指に針を刺すような子になってしまったのかと私が嘆いていると、マイがむーっと顔を膨らませた。怒ったマイも可愛いですね☆とか思ったけれど今はそれどころではない。はやく絆創膏を貼らなくては。

『だって、この紙に血をつけると手騎士の才能があるか分かるって燐ちゃんが教えてくれたんです!』

マイがもう片方の手に持っている紙を見れば魔法円の略図が描かれていた。あぁ、奥村燐はなんて余計なことをマイに教えたんだ!私は心の中で奥村燐に対して舌打ちをする。おかげで、私はマイがそういう方向に目覚めてしまったのではないかと心配したじゃないですか。はぁ、とらしくもないため息をついてからマイの手をそっと握る。

「いいですかマイ。マイは女の子なんですからそんなに簡単に肌に傷をつけてはダメですよ」

分かりましたか?と尋ねればしょぼんとしたマイが頷いた。マイの頭を撫でて救急箱を持ってこようと思って立ち上がると服を引っ張られた。そちらを見ると今にも泣きそうな顔でこちらを見上げるマイ。

『メフィストさん、』
「はいはい。なんですか?」
『せっかくここまでやったので最後までやっちゃダメですか?』

マイは残された紙を両手で握りしめて恐る恐る聞いてきた。

「(そこまでしてやりたいのですか...)」

私はしばらく考えた後。「私がそばに居れば大丈夫か」という考えにたどり着き、マイに付き合うことにした。


おねだりしてみた!


「では、準備ができたら思いつく言葉を唱えてみてくださいね」
『はい!えーっと、アインス、ツヴァイ、ドライ!』
(ぼふっ)
『わわっ!?メフィストさん、召喚できたみたいです!』
「さすが私のマイです!手騎士の才能があるとは!さてさて、マイが召喚した悪魔は...って、アマイモン!?」
『アマイモンさん!』
「やっぱり僕とマイは相性がよかったみたいですね。あ、このお菓子を記念にマイにあげます」
『アマイモンさん、ありがとうございます!』


2013.8.7