なんだってこんな
bookmark






 我が組織『何でも屋』の一日は早い。




 起床。
 重い瞼と体を無理矢理にでも押し上げた。くあ、眠い、寝ちゃおうかな。いいよね? それからもう一度ベットに……いや、そんなことはしない。
 ウチの何でも屋のボスは、とんでもなく時間に厳しくてとんでもなく怖いのだ。美人だけど。すごくかわいいけど。
 もしこのまま寝たら集合時間に遅れてボスから死刑宣告だな。そんなのは嫌に決まっている。


 小さくため息をつきながら、自分の部屋を見回した。
 六畳と比較的大きい部屋なのだが、ぐちゃぐちゃになったゴミたちが塞いでフローリングが見えない。
 ベットの上には教科書が散乱していて、机の上には先日買ったばかりのエロ本が置いてある。
 健全な男子高校生だ、それくらいあってもおかしくはない。おっぴろけになっているのは問題ではあるが。
 さてどこに足を置こうか。少し考えて開いてある漫画を、足で踏みつぶした。仕方がない、その他周りはお菓子の残骸ばかりでとても足を置きたくはないし。
 時間までに到着することのほうが優先だろう。クローゼットを開く。またぐっちゃぐちゃな制服を取り出し二分で着替えた。




 朝食は食パン一枚。
 パンを口に加えつつ靴を履く。送り出してくれるらしい母さんが「喉につまって死なないでよね」と言ってきたので、「死んだら骨拾ってくれよ」と答えた。
 そしたら母さんは何も言わずに笑ってくるので、僕は無視して家を出る。そんなにゆったりしていられない。 
 全力で、走った。途中でパンが喉につまって本当に死にそうになったけれど、母さんが言ったとおりに死ぬのは嫌だったので、必死に飲み下す。
 そんなこんなしていたら、五分経過。本格的にまずくなってきた。全力の全力の全力で、走る。そもそも全力ってなんだよ。




 集合時間に到着。
 だいたい重合場所に着くには十分走らなければならない。あまり運動しない僕にとって、たった十分でも辛かった。
 はあ、はあ、と荒い息で集合場所に着けば、見慣れた顔がいっぱいだった。十人以上いると思う。全員何でも屋の人間だ。
 みんな口々に「おはよう!」「いい朝だね!」「今日のラストは柏木(かしわぎ)だぞ!」「ボスが林檎みたいになってんぞ!」と笑顔で言ってくる。


 酷いな、仲間じゃあないか。苦しみはみんなで共有するものだろう。江戸時代の五人組みたいに。考えるけど口になんて出さない。
 ボコボコになるのは嫌だからな。ボスにボコボコにされ、仲間にもボコボコにされるなんて。なんとか呼吸を整えてから、たくさんいる仲間の中からボスを探す。


 あ、いた。ショートヘアで、黒髪。普通かな。校則によって髪染めは禁止だから。さらりと髪が風によってなびいて。あ、綺麗だ、と不覚にも思ってしまった。
 ボスは休日様々な服を着てくる。今日は学校のセーラー服だ。スカートから覗くその白い足。ボスは惜しげもなく晒しだしていた。
 そして、一つ一つ顔のパーツがとても美しい。が、林檎みたく真っ赤な顔をして仁王立ちしていた。


 これは、間違いなく僕に対しての怒りだろう。ボスに近寄っておはようございます、と一礼をする。そんなこたあいいんだよ。突っぱねられた。



「柏木! 遅い!」
「ス、スミマセン。でも、ボス……じゃない周藤(すとう)先輩、集合時間よりも三十分早いです」
「言い訳はいいの! 僕より遅い人はみんな遅刻! それと一番最後に来た人には死刑ね!」



 何言ってるんだ、ボス。あなたは一時間前に着くじゃないか。横暴すぎだ。僕は遅刻の常習犯。とはいっても集合時間の三十分前には着いている。ボスより早く来ないとそれは”遅刻”なのだ。
 今は午前七時三十分。つまり集合時間は七時。ボスより早く着くには、六時には起きなければならない。毎日毎日ゲームばかりして夜更かししている僕は無理だ。
 出来っこない。そして夜更かしをするな、なんていうのも無理だ。もはや習慣になっているのだから! 自慢するところではないことくらい、知ってる。
 普通の部活などに比べればビックリするほど早いだろうが、何でも屋にとって集合時間七時は遅い部類である。 
 つーか死刑ってどういうことだ。僕はまだ死にたくないし。いったい誰が殺すんだよ! この平々凡々で何の取り柄もなく顔も普通なこの僕を!

 またスミマセン、と謝るとボスは大きなため息をついた。仁王立ちしたまま。



「まあ仕方ない、今から任務だし。さて、みんな準備してね」
 ボスのその一言で我らが組織、任務開始。




 任務開始。
 僕たちは今公園で作戦会議を行っている。円になりしゃがんで。休日の早朝から学生が何をしているんだ、と思うかもしれない。
 が、この街ではもう当たり前のことなので、突っ込んでくるものは誰一人としていなかった。いるとしたら観光の人とか、新しく引越ししてきた人とかそのくらいだろう。
 僕も組織の方針――会議は常に公園で行う、など疑問を感じているがそれはボスが決めたことなのでわからない。そもそもわかりたくもない。



「いい? AチームはこっちBチームはこっちから、ターゲットを捕獲。そのまま依頼主のところまで持っていく」
『了解! ボス!』
「ボスじゃないって言ってんでしょうが! 周藤先輩または茜ちゃんと呼べ!」
『スイマセン! 周藤先輩!』
「それじゃあ、任務開始」



 なぜだかボスは、ボスといわれるのを嫌っていた。だからボスの前では呼ばない。周藤先輩、と呼ぶ。茜ちゃんなんて恐ろしくて言えない。
 けれど、ボスは茜ちゃんと呼ばれるほうが嬉しいみたいだ。一回誰かが茜ちゃん、と呼んだことがあった。
 ぶち殺されるんじゃないか、と危惧していた僕たちの期待を裏切って、ボスは「なあに?」と笑顔で返してきたのを、今でも覚えている。忘れられるわけがない。
 忘れるわけがない。その時のボスはとびきり――なんでもない。なかったことにしよう。ボスを好きなるとか全く全然ありえない。断じて。綺麗だけど。




 任務終了。
 速やかに任務を終えた。周りは、終わったなあ―やったなあー今日は怒られなかったなあーと心底安堵しているようだ。僕たちが任務を失敗したとき、ボスは何よりも誰よりも怖い。
 一回失敗すると反省して打開策を立てるまで、任務には加えないとか何とか言いだす。僕たちは与えられた任務をこなすため、何でも屋にいるのだから、やるなと言わるとさすがに悲しい。
 だがボスの言ったことは絶対だ。そんな組織で何より求められるのは迅速、かつ丁寧。どこかで聞いたような気もしてくる。どこだっけな。
 首を傾げて考えていると、満足そうな顔をして戻ってきたボスは、意外なことを言った。


「今日はみんなよく出来てたよ! よって今日は終了。解散!」


 いつもボスは終わったら不機嫌そうな顔をして帰ってくる。そして学校に戻って反省会を行う。なのに今日は笑顔だ。依頼主に褒められ、また自分でもよい出来だと思ったんだろう。いいことだ。
 ちなみに今日の任務はご近所さんちの犬が行方不明になったので、その捜索と捕獲。よくできていたと思う。




 解散。午前十時。
 ボスの解散の声を聞いて、みんなは散り散りになって行く。それも笑顔で。僕も帰ろうと歩き始めた時だった。



「あらあ、茜ちゃん」
「なあにおばさん」
「今日はセーラー服なの?」
「そうなんだ。似合うでしょ!」

「茜ちゃんは何でも似合うわねえ」
「学校じゃあ強制的にズボンだから、休日はスカートがいいんだよね」



 やっぱり同性のボスを好きになるなんてそんなことはない。







prev|next

[戻る]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -