約束は破るためにある

 

 最近よく金造が部屋に来る。

 金造のヘッドフォンから微かに流れ出すメロディーを、知らずのうちに口ずさんでいた。それは切ないメロディーだった気がするし、なんだか切ない歌詞のような気がした。おそらくバンドの曲だろう、いつもはハチャメチャな曲ばかりなのに、一体どういう吹き回しか。心なしか歌っている金造の声も、切なく感じる。なにか悩みでもあるのだろうか、ふと思った。 
 


「柔兄、どないしたん?」

 口ずさんでいたのが聞こえたのだろう。ヘッドフォンを外しながら、ぐるんとこちらを向く。ちょうどいい。さてどうやって聞けばいい、遠まわしに聞こうとしたけれど、廉造みたく自分は器用ではない。あいつも器用かどうかは分からないが。

「なんや、今回は静かな曲やなと思って」

 仕方なしに直球で聞いてみたその問いに、びくりと肩を震わせる。何か隠し事でもあるらしい。そういえば金造は隠し事があって、そのことを聞かれたとき、いつも肩を異常なまでにびくりと震わせていた。昔はよく指摘して、金造に違う!と怒られて、またそれでからかって、くだらないことをしていたと思う。


「……気分的にそないならはったの」

 分かっているはずなのに、譲らない。こんなところまで自分に似なくともいいのに。


「うそやろ」
「うそやない」
「うそやろ」


 じりじりと、にじり寄っていく。うそやろ、うそやない、うそやろ、うそやないって信じてや。さっきまでベットのすぐそばにいたのに、いつの間にか壁にまで追いやられていた金造は、キッと柔造をにらんだ。喧嘩なら負けへん。なんぼやて付き合うで。右手を壁にあてて金造が動けないようにしてやった。見つめ合う。このままでは喧嘩が勃発しそうな雰囲気の中、先に折れたのは金造のほうだった。ため息をついてうつむく。


「夢、見たんや。柔兄が死んでまう夢」
「縁起悪い夢やな……それ」


 ははは、と短く苦笑した。けれど、その夢はもしかしたら明日現実になるかもしれないし、明後日になるかもしれない。祓魔師というはそういうもので、いつ死んでしまうか分からない恐怖と闘うしかないのだ。それは理解できているだろうし、否、理解しなければいけない。じゃあ、なんで今更?


「その夢見たら、怖くならはった。今まで理解してたつもりになってたんや。柔兄が死ぬかもしれへんこと。自分が死ぬんは怖くないのに。柔兄が死ぬのは、考えられへん。考えたくない。そないなこと考えとったら、いつの間にか曲ができとった。びっくりしたわ、自分でも」


 ぽたり、金造の瞳から涙が流れていることに気付いた。畳が濡れていくのが見える。

 確かに自分だって、金造が死ぬところなんて考えられないし、考えたくない。そんなところを見るなら、いっそ自分が死んでしまえばいいと思うくらいには。いつからそんなことを考えていたのだろう、答えは曲が完成するほどの時間だ。相当な時間、一人でこんなことを悩んで――ああ、なんて、


「俺は死なへん、少なくともお前が死ぬまでな」
「うそやろ」

 そないなこと信じられん、と駄々をこねる昔の金造が思い出される。あの時は、はて、どうして慰めていたのだろう。確か、

「金造、こっち見ぃ」

 頬を手で包み込み、無理矢理目を合わせる。未だ金造は泣いており、顔はもうぐしゃぐしゃだった。なあ、金造、そんなに頼りないか。俺が、そんなに死にそうに見えるんか。兄貴失格やな、俺。

「っ……柔、兄」
「いいか、俺は死なへん。約束する」
 
 約束というものは破られるためにあるのだと、いつか豪語したことがある。けれど、そないに泣かれたり、切なそうな声で歌われたら、死ねへんやろ。てゆーか元から死なへんわボケ。俺を勝手に死なすな。なんて思ってるけれど、今の金造に言ったら確実に口をきいてくれなくなるだろうから言わないでおこう。


「ほんまに?」

 さっきまで揺れていた瞳が、少し輝きを増したように見えた。
 

「俺が約束を破ったことがあるんか!」
「いや、ある」

 はて、あっただろうか?
 確かにお菓子勝手に食べたり、キリク勝手に借りて行ったり……したような気がしなくもない。

「……とにかく死なへんったら死なへん」
 

 
  だからお前も死ぬなよ、金造。








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