いやよいやよもいやのうち


 いい加減うぜえな。


「黄瀬くーん! こっち向いて!」
「きゃあっ今黄瀬くんがシュートしたよ!」
「ちょっとやめてよ! 黄瀬くんが見えないじゃない!」



 黄瀬くん、黄瀬くん、涼太くん、こっち向いて、サインして。聞こえないと念じても聞こえてくる、ギャラリーの声。
 うるさいうるさいと首を振る。本当なら追い返したいところだが、試合の時ギャラリーに支えられているのも、また確かなのだ。
 けれど、ああ、うるさい。黄瀬、黄瀬、黄瀬、って。お前らどれだけ黄瀬が好きなんだ、オレに勝てんのかコラ。
 いや問題はそこじゃない。それに笑顔で応じる黄瀬もまた、イライラの原因。それに森山とかは面白がっていじってくるし。
 
 今日は、厄日だ。



「黄瀬っ! 休憩時間終わってんぞ早くコート入れ!」
「す、すんませ……ていたぁっ! センパイ今日なんか力入りすぎっスよ!?」
「いつもだよいつも。早くしろ」



 お得意の肩パンをくらわす。いつも、なんて嘘だ。三倍くらい痛いと思う。痛くしたんだし。
 むす、とした顔を隠しもせず、今日の練習を終えた。ああ、イライラが収まらない。なんで。



「機嫌直せよ、笠松。合コン誘ってやるから」
「ちげえよバカ! さっさと帰れ!」



 にやにや、と笑いながら帰って行く森山を罵倒してから、ふう、とため息をつく。
 主将として部誌を書き、部室の鍵をしめ、そして帰る支度をする。その少しの時間を、もっと遅くなれ、と願った。
 なんでか、っていうと外で黄瀬が待ってるから。早くあいつ帰ればいいのに。けれど、願っても帰るわけはない。
 モデルの仕事が入った時以外、オレがどれだけ遅くなっても外で待っていた。いつもは嬉しく感じるそれも、今日は苦しい。

 することがなくなって、仕方がないと帰る準備をする。と、今まで外で待っていた黄瀬がこっちへ入ってきて。
 「なんだよ」と顔を見ずに返事をすれば「センパイ、」とだけ返ってきた。うるせえな、と罵倒するつもりで黄瀬の顔を見る。


( ……ケモノの顔じゃん )

 なにかを企んでいるときの、ケモノの、顔。



「ねえセンパイ、今日ずっと怒ってましたよね?」
「別に」
「嫉妬、スか?」
「だから! 別に怒ってなんか……」



 不意に視界が黄瀬で、埋まる。進行してくる舌を、なんとか阻止しようと試みるけどそれはやはり失敗に終わった。
 どんどんと胸板を叩くが、無視をされる。というか、体格に差がありすぎて気付かれていないというべきか。


「はぁっ……んう……!!」


 一瞬くちびるが離され楽になったかと思えば、またくちびるを塞がれる。
 なんで黄瀬がこんなことをしてるのか、なんて知らない。



「ねえセンパイ? 嫉妬してたんでしょう?」
「……そ、だよ」


 なぜだかわからない。すんなり、言葉が出た。いや、黄瀬のそのまっすぐで透き通った目でみつめられたから。
 好きで好きで仕方のないその綺麗な瞳で、見つめられて、迫られたら、本音くらい。頭はもう、ショート寸前。


「言えばいいのに。オレ、センパイが望んでくれたら、ファンなんて、いらない」

 
 ああ。


「早く、どうしようもなくオレが欲しいって、言ってよセンパイ」


 お前が、どうしようもなく、好きで。
 お前は、オレがどうしようもなく、欲しいんだ。





TOP
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -