クリスマスだから少しくらい



 降り積もる雪を見ては、クリスマスなんだな、と思う。


「ゆきおさん」


 そう呼んだのなんてもう遠い昔。
 前に一度だけ、たった一度だけ呼んだ時に、バカゆってんじゃねえ、と言われたのを思い出した。
 なぜだか笠松さんと、センパイと呼びたくなくて。ゆきおさん、て。自分だけのものにしたくて。


 周りの木々はイルミネーションでキラキラ光って、地面は雪で覆われて。
 すれ違う人すれ違う人カップルばかり。一応自分達もカップルだといえばそうなのだけれど。なんだか、寂しかった。
 そんな人混みを、イルミネーションに目移りしながらも、ただただ黙って歩く。少しの距離をもって。
 こちらを見る者は誰もいなかった。ふ、と。あれ、名前呼んでからもう、どれくらいたったのか。無視かな。



「……あんだよ」
「あ、え?」
 
 
 名前を呼んでから一分は経っていただろうその時に、暗闇なのであまりよく分からないけれど、
 恐らく仏頂面をしているゆきおさんから返事がくる。恐らくだから、本当はどんな顔をしているかは知らない。
 怒らないんスか、と問えば、クリスマスまで怒りたくない、と返ってきた。
 ふうん。ちらり隣を見ると、ゆきおさんもこっちを見ていて、あ、と思ったらまた逸らされる。



「ゆきおさん、こっち見て」
「やだ」
「なんで?」

 
 なんで見てくれないのかな。ゆきおさん、こっち見てよ。可愛い顔、見せて。
 ゆきおさんはこっちを見てはいない。けど自分だけはまっすぐ、見つめる。
 そして拗ねる子供をあやすような口調で、なんで?と。ぷいっと顔を逸らす姿は本当に、子供みたいだな、くすくすと笑う。
 ややあってゆきおさんは、観念したように呟いた。それはもう、本当に小さく掠れた声で。



「名前」
「聞こえないっスよ、ゆきおさん」
 うそ。本当はちゃんと聞こえてるんだけど。

「だから……っ名前呼ばれるの、」


 慣れてねえから。

 ああ、可愛いな本当に。って思ったら後は止まらなくて。ゆきおさんとの距離を縮めるために一歩、手を繋ぐためにもう一歩。
 ふざけんなこんなところで! という非難の声が聞こえたけれど、全力で無理。だって誰も見ていないし。
 手繋ぐくらいはいいけれど、さすがにここじゃあ、と思って細い道に入った。隣でジタバタしているけれど、気にしない。
 キスをするために、ぐん、と顔を近づけると暗闇でよく見えなかった、ゆきおさんの顔が見えた。

 頬が赤く染まり目尻には涙がたまっていて、泣きそうな顔さえも、ああ、愛おしい。



「メリークリスマス、ゆきおさん」

 
 目尻にたまる涙を人差し指で掬い、まぶたにちゅ、と触れるだけのキスをしてから。くちびるにキスをした。

 


 ( 年に一度だけ、センパイをゆきおさんて呼んでいい日だから )








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