そこが息のできない場所だとずっと前から知っていたよ

カツン、カツンとパンプスのヒールの硬い音を立てて長い石段をひとつひとつ上ってゆく。
私が審神者をつとめ、長い、永い戦いが終わってからもう4年経った。長いようで、短い。4年。
あの頃、共に支え合って戦い、時に笑い、時に泣いた仲間の1人1人、否、もう人ではない彼らには1つといった方がいいのだろうか。その元を訪れはじめて2年が経った。ここが、最後の1口のいる場所。
最後に訪れるのは、彼の元、と最初から決めていた。彼と最後の日に決めた約束でもある。
カツン。とビビッドなピンクに染められたエナメルが最後の一段を踏みしめる。
すう、とひとつ息を吸い、吐く。
聖域に入るに当たっての作法。
パンッと自らの汚れを祓うように柏手を打って合掌。そして深く、丁寧に頭を下げる。
先ほどまで軽快にたてていたパンプスの足音を殺してしずしずと背筋を伸ばして歩く。
彼はこうゆう格好は好まないだろう。今更自分の着てきた格好を後悔する。
白いチュニック丈のシフォンワンピに白いレース素材のショートパンツとスモーキーなパステルイエローのカーディガン、黒のトレンカにビビッドピンクのパンプス。いかにも現代人、といった格好。
本丸では和装しかしていなかったからなあ、と少し遠い目をしながら彼のいる本殿の前へ。
二礼二拍手一礼。
礼は最大の感謝と、今でもまだあなたを想っています、その意味を込めての、最敬礼。
今でも、瞼を閉じれば若草色を翻して歩くあなたの姿が目に浮かぶの。夢で見るのも、あなたばかりなの。あなたが、あなたが隣にいないと、

「石切丸、あなたが隣にいてくれないと、私もうだめな子になっちゃったよ」

応えなんて返ってくるわけもないのについ口をついて出てしまった弱音に自嘲しながら顔を上げようとすれば、その頭が誰かの掌に遮られる。

「それは、とても嬉しい言葉ですね。」

とても優しい声色、優しい体温に一気に涙腺がゆるむ。

「いしきりまるっ、」

パッと顔を勢いよくあげるも、そこに誰の姿もなく、他の参拝客が怪訝な顔で見るばかり。
ああ、とうとう幻聴と幻覚まで見るほどになってしまったのかと苦笑いが広がるのがわかる。
石切丸、いしきりまる。
あなたはその扉の向こうにいるのでしょう。
その、本殿の扉の向こう、大事に、だいじに崇められ奉られて仕舞われているのでしょう。
最後の日、あなたに私は「そっちに連れてって」と頼んで泣いたのに。悲しそうに微笑みながら人の世に還りなさいと、諭したあなた。
あなたはそんな、小さくて狭い箱の中に厳重にしまわれて。
私は、あなたを置いて年老いてゆきます。死んでゆきます。
死んだ後でいいの、これだけは叶えて。
どれだけ息苦しくてもいい、あなたと共にいられれば私にとってはどんなところでも天国だから、だから。
死んだら、あなたの世界へ連れ去ってね。

もう、審神者の力もなにもないただの人間の私は、そう願いを口にしたとき、悲しそうに。でもうれしそうに、賽銭箱の上に座して笑う若草色に気付かなかった。













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