「ああ、にくいにくい。私もあなたなんて大嫌いだったわ」



「キライよ、」

そう、抱きすくめた腕の中でこぼす主に「そうなのか?俺は好きだぜ」と返し更に強く抱きすくめる。
いつもは気怠げな表情が俺と一緒にいるときははっきりといろいろな表情…といっても負の感情を表すものだが…にかわるのが面白かった。
鶴丸国永。俺という刀は変化のない日常というものが嫌いだった。とどまるだけの時間が、心が死んでいくことが嫌いだった。
だからこの主のことも嫌いだった、最初は。
俺とは正反対に現状を維持し、その場所に停滞し、心を殺してただただ惰性で生きているかのように日々同じことを繰り返しているこの人が。
それが変わったのはある夜のことだった。三日月のじじいと月見酒をした後、寝所へと帰る途中、たまたま主の部屋へ足を延ばしたとき。彼女の部屋の閉じられた戸の隙間から嗚咽が聞こえた。
何事かと薄く障子を開いて覗けば、そこには布団の上で人形を抱きしめて泣いている主がいた。
あの抱きしめている人形はもう帰れない、主の世界の思い出の品なのだろう。
審神者になる者は人間とはいえ神の世に名を連ねることになる。良くも悪くも、神に好かれた人間は元の世界に帰れない。
それ故に、泣いているのだろう。
両親が恋しくて、友が懐かしくて、泣いているのだろう。
彼女はまだ幼い。それなのに愛おしい者全てをおいてここにきた。泣くのは当たり前だ。
そう考えてからはたと気づく。ずっと、一人で。声を堪えてこうして夜な夜な泣いていたのかと。
それはなんといじましい。
そんなことに気付かずに俺はずっと嫌っていたのか、と。
あの夜から、俺はこうして「キライ」と呟かれながら涙を流す彼女を抱きしめるようになった。
一人で泣いてほしくなかった。
なぜかそう思ったのだ。きっとこれが人で言う「愛おしい」という感情なのだろう。刀であった頃には無いものだ。なんと苦しくてなんと辛く、そして甘美な感情だろうか!

「あなたなんて、キライ」

そう、涙をこぼしながら彼女につぶやかれるのはとても堪える。だが、一人で泣かれるよりかはずっといい。
抱きしめる腕に更に力を込めて、小さな身体を閉じ込める。「キライ、キライ」と繰り返す声がだんだんと小さくなる。
いつも泣き疲れると彼女はそのまま眠る。今日もまたこのまま眠るのだろう。
とんとんと、優しく背をあやすように軽く叩いてやればくにゃりと体の力が抜けていくのがわかる。そろそろ寝るか?と思えば「つるまる、」と舌足らずな声で呼ばれた。

「ん?なんだ、主」
「あなたのことなんて、キライよ」
「…そうかい。もう何度も聞いてるからな、わかっているよ」
「キライのままならよかったのに」
「………うん?」
「あなたのことなんて、大キライだったわ」

そう言い残して夢の国へ旅立った主を抱えたまま、固まった俺が朝餉の支度を終えて主を呼びにきた燭台切に見つかり何事かと騒がれるのはまた別の話。









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