あまやかに、かおる

ふわり、
そばを通り抜けたぬしさまから漂ういつもと違う香りに思わず渋面を作る。

「ぬしさま、」
「ん?どうした小狐丸?」
「いつもと…主様の匂いが違う気がするのですが」

渋面のまま小首を傾げるぬしさまの首筋にすんすんと鼻を寄せれば、擽ったそうに身をよじる。

「ああ、宗近のものと一緒に洗ったからかな…宗近の香の匂いが移ったのかもしれないね」

ころころと笑いながら、返された言葉にビシリと身体が固まったのがわかった。
私のぬしさまにあのじじいの匂いがうつった?
ぬしさまの首筋に顔を埋めたまま、ふるふると耐え難い衝動にその身を震わせれば、「小狐丸?」と気遣わしげな声と共に優しい掌が頭をなでてゆく。
嗚呼、この手が好きだ。
そう、心の底から想う人から別の男の匂いがすることのなんと腹立たしいことか。優しい掌の熱に絆されつつ、香る匂いにイライラしていればふと妙案を思いつきガバリと頭を起こす。

「ぬしさま、ぬしさま」
「小狐丸?え?ホントどうしたの今日?」
「私も愛してください」
「うん?えっと…いつもみたいにこうして撫でるのは可愛がってるに入らないの??」
「違います、違います。可愛がるのではなく、愛して欲しいのです」

私の勢いに目を白黒させるぬしさまの首筋に再び顔を埋めながら「移り香を幸せそうに笑うほどに、愛して欲しいのです」と言葉を耳に注げば「は、」と間の抜けた声が頭上からする。そしてそのまま………

「ッ!!!い、たい…いたい、こぎつっ…いたっ!」

私の髪をその両の手に絡め引っ張って止めるのも意に介さすにただただガブガブとぬしさまのその白く柔い肌に歯をたてる。痛みで上げていた声に次第に鼻から抜けるような吐息混じりの声色に変わっていくのを良いことに、歯をたてるだけじゃなくはしたない水音をたてて吸い舐める。
最後にキツく吸い上げて、首筋をまんべんなく舐めあげてから顔を離せばくたりと肢体の力が抜けたぬしさまが腕の中にしなだれかかる。
荒い息を繰り返すぬしさまのその細いうなじと鎖骨付近に散らばる朱色に得も言われぬ達成感と幸福感に満たされる。

「嗚呼、愛おしいぬしさま。これで私の匂いだけで満たされましたでしょう。」

他の男の匂いなど、もう二度と身にまとわないでくださいね?でないと私は

「あなたを壊してしまうやもしれませぬ。なにせ獣ゆえ」

腕の中のぬしさまが満足げに微笑んでいたことなど、睦言をこぼすことに夢中だった私が
気づくはずなど無かったことはまたの余談である。










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