御伽噺のように愛を囁く

最近、荒北が髪を伸ばし始めた。
伸ばし始めたばかりの中途半端な長さが鬱陶しいのだろうか、耳にひっかけてはサラサラとこぼれ落ちるそれはまるで黒絹のよう。短いときもそうであったが、その細く柔らかい風に遊ばれる髪が荒北には良く似合っていると思う。

「荒北、最近髪を伸ばし始めたんだな。」

良く似合っている、と一束すくい上げてサラサラと流れるその感触を楽しむ。

「そ、そーかヨ?まァそーいわれて悪いきもしネーけど…アンガト」

不器用に、頬を染めていう仕草がとても愛おしくてきゅうと胸が締め付けられる感触。

「なあ福チャン…」

なんで、アタシと付き合おうと思ったの?
ぽつりと聞かれたその言葉に「は、」と間の抜けたような声が出る。

「や、だってヨ…アタシみてーなガサツで、女っぽくなくて、乱暴なヤツより福チャンもてんだし…ほかにイイヤツいたんじゃねェの?」

目を泳がせ、顔を真っ赤に染めて言うその仕草にいったいどうしたんだと心配になる。
確かに荒北は女子としては粗野なほうだとおもう。
規定より短いスカート、二つ以上あけたブラウスのボタン、勝ち気そうにつり上がった目に八重歯の覗く口元から吐き出される攻撃的な言葉。それら全てから「荒北は乱暴で誰も寄せ付けない孤高のヤンキー」と周りに後ろ指を指され、孤立していた。
だけど、荒北は不器用なだけで。その不器用さから人とのつながりを見つけるのが不得手だっただけで。
親しくなって、恋仲になって、どんどんと彼女の良いところが見えてきて。今では良いところしかわからなくて。
「短くねーとめんどくせーんだヨ」と一定の長さでずっと過ごしてきた髪を急に伸ばし始めたからどうしたのかと思ったら…成る程、彼女は俺のことで悩んでいたのかと。
彼女の不安に気づけなかった自分を自分で殴りたい衝動に駆られつつ、「なんで急にそんなことを?」と返す。

「や、だって…言われたんだよ」

「福富君は自転車競技部のキャプテンで、文武両道で、すごく優しい人なのになんでアンタみたいな子が彼のそばにいるのかわからない」と。
「福富君は優しいから、アンタのこと邪険にもできないし、惰性で付き合ってもらってるんでしょ?」と。
「福富君の優しさに甘えてるだけなんでしょ?これ以上彼の負担にならないで」と、そう、女子に言われたらしい。

「それで、急に俺との関係が不安になって、髪を伸ばし始めたのか?」
「ふ、福チャンのために少しでも…」

少しでも、隣にたっているにふさわしい女の子になりたくて。
その言葉を発したきり、ふるふると震えてうつむいてしまった荒北。
その姿に愛おしさは募るばかりで。
少しでも隣にいるのにふさわしくなりたかった?俺は荒北以外に隣にいる女性のことなど想像もできないのに。
そんなことがあったことに気づけなかった自分に、殴るほかにも壁に頭を打ち付けるという項目も追加して口元を手で押さえる。
そうでもしなければ、だらしなく表情が緩んでしまいそうで。

「荒北。俺は荒北以外に俺のそばにいてほしいと願う異性なんていない。」

そう、そっと肩を抱き寄せれば猫のようにすり寄ってくるその細いからだを思わず抱きすくめる。

「俺は、ありのままの荒北を好きになったんだ。ほかの誰がなんと言おうと、俺は荒北が好きだ。」
「…良くそんな恥ずかしいこと言えるヨな」
「荒北のことが好きだと言うことを、恥ずかしいことだと思ってないからな」
「かっこよすぎだバァカ」

そう照れて胸にすり寄る彼女の耳がトマトよりも真っ赤だったことは気づかないことにして、ただふたりで抱きしめあったまま動かずにいた。
その後たまたま通りかかった東堂、真波、新開にそれを見られ慌てた荒北に掌底を食らったので今回の自分への罰はチャラにしたい。











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