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江戸にも段々と冷たい空気が流れ込むようになった、そんな頃だった。
土手で寝そべる私の肌に冷気が刃のようにちくちくと突き刺さってくる。うーん、そろそろ衣替えしなければ。そんな事を思いつつ、適当な音程の鼻歌を何の気なしに奏でながらオフの午後を過ごす。私にとっては凄く素敵なこの時間。

「おい何してんだ。」

土手の上の道から降りかかるのは、何時もの声だった。

「あ、おまわりさん。」
「何が”あ、おまわりさん。”だ。風邪ひくぞ、名前。」
「毎回毎回ご忠告ありがとうございます。では、さっさといけ。」
「不審者としてしょっ引くぞてめえ。」
「キャー、タスケテー。」

笑いながらそういう私に、土方さんは一つ深い深い溜息をついた。変わらない変わりもんだ、と。

「たっく……、アンタまだ此処に通ってるのか? そろそろ本格的に寒くなってくるっていうのによ。」
「いいでしょ、別にー。私ここが好きなんだよ。静かで、江戸の割には空気は綺麗だし、それに、」

そう言って口ごもる。そして思わず顔を伏せた。顔が熱い。そんな様子の私にどうかしたのかと、土方さんは傾斜の緩いその土手を降り、私の傍に近づいた。

「おいどうした?」
「…ああっもう! 私なんてことを口に出そうと……危うく口が滑るところだった!! ってアレ、なんで土方さんいるの? 転んじゃったの? 大丈夫?」

僅かに上気した顔を向けて困惑気味に彼に問う。ああ、ちゃんと笑えてるのだろうか。

「アンタこそ大丈夫か? って顔赤いじゃねぇか。やっぱり風邪引いてんだろ。」
「―――……、」

顔が赤いのは、あんたのせいだよ、ぼそりと独りごちる。きっと聞こえてないんだろうから。

「……なあ名前、アンタ家どこだ?」
「あっちだけど。」

私は指差した方向を見やる。暫くすると、未だ上半身しか起きていない私の手を握った。

「え、ああ、あの! 土方さん!?」

焦り、上ずった声を上げて目を泳がせる私を、彼が思い切りぐい、と引っ張れば以外にも体は簡単に持ち上げられてしまった。どんだけ筋力あるの。
不意に見上げれば、そこにはどことなく頬を赤く染めた土方さんがこっちを見ていた。

「……一般人をそこらへんには捨て置けねーからな。」

そう言って私の手を握りなおして歩き出した土方さん、顔は見えなかったけれど、僅かに見える耳はやっぱり赤かった。
私は急に胸のあたりがじんわりと暖かくなった。そして、同時にどきどきと胸が鳴る。自分の体ながら、せわしないな。そんなことを思いつつ顔を赤くしたまま、私は鼻歌をまた奏で始めて、二人で道を歩くのだった。

風が二人の間を通り抜ける。鼻歌を乗せたそれは、気まぐれに何処までも飛んで行った。



遠くに聞こえる唄






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