08 「後片付け私がやっとくから、皆上がっていいよ。」 「悪いから手伝いますよ先輩。」 「いいよいいよ。飾り付けとか展示とか一年生に任せっきりだったし、ほかの先輩は委員会の役職で忙しいからねえ。私もクラスの出し物に追われて全部やらせちゃって悪いから。もう七時過ぎてるから帰りな。」 私がそういえばそうですかあ、とモジモジしながらも安心したように口々にさようならと帰っていく。私はそれを見送って、テーブルの上の飾りを片付け始めた。文化祭前は各々準備に忙しくて夜遅くまで学校に残っている。暗くなった学校は怖いが片付けはそんなにかからないので私もすぐに帰れるだろう。散らかったテープ類やイーゼルを定位置に戻し、ぞうきんでテーブルを拭いておれば、突然視界の端で何かが動くのが見えて思わず息を飲んだ。 「おい、」 「わっ!」 「間の抜けた顔だな。」 「なんだ、石田君か。お化けかと思った……。」 「貴様は阿呆か。」 「だって石田君白いから暗い中だと目立つし。」 そういえば石田君は私の頬を無言で抓った。いてててて、と言ってジタバタすれば石田君は満足そうに広角を上げて鼻で笑った。やっぱり彼は折り紙つきのサディストだ。 「まさかこんな時間まで待ってたの?」 「そんなわけ無いだろう。生徒会の準備を終えてたまたま美術室の明かりが付いてるのを見たまでだ。」 「石田君って本当にいいやつだよね。」 そういえば彼は驚いたようにキョトンとした。私はそれを見てふふ、と笑ってテーブルの上の丸まった紙を差し出した。彼は少しばかり考えたような表情になってゆっくりとそれを受け取った。 「遅くなってゴメンね。まだ間に合う?」 「予定よりも二日ばかり遅い。だが校内用のポスターには起用する予定だ。ありがたく思え。」 「あはは、良かった。じゃあ、もう送ってもらうのも今日で最後だね。」 そういえば石田君は何も言わずに私をちらりと見た後にポスターの絵を改めた。私もそれ以上何も言わずに雑巾を絞ろうと水道へと向かう。 「もうちょっとだから待ってね。」 「構わん。」 蛇口をひねり、雑巾を流れる水に浸した瞬間、流れる水のように視界が突然ぐにゃりと歪んでいく感覚がした。そして支店が定まらず反転していくような感覚がして、それから激しい吐き気と、不快感が襲う。 「おい、」 霞んでいく意識の中で、石田君の声が間遠に聞こえた。そういえば今日は忙しくて薬を飲むことを忘れたかもしれない。 2013.02.17. |