ゼログラビティ | ナノ

04

「気まずくないんだ。」
「何。」
「ううん、なんでもない。」
アクリル絵の具をぐにゅりとひねり出す。放課後の美術室は私と彼の二人しかいない。幸か不幸か美術部は休部であったせいか静寂としている。油絵具の匂いが鼻の奥でつーンとする。私がペタペタとポスターに書き始めると石田君はその手を黙ったまま見ていた。あとで聞いた話だが石田君は生まれてこのかた美術の成績は五段階評価で二か三しかとったことがないのだという。勉強もスポーツもできる彼の欠点らしい。
「私は寧ろこれくらいしかできないけれど。」
「日頃から勉学に励まないからだ。」
「違うよ。合う合わないの問題。数学と理科は無理だけど、国語はわりかしできるし、地理学とか天文学は好きだよ。」
「生産的でないものばかりだな。」
「石田君って完璧な利益追求型だよね。」
政治家とか向いてるかもね、まあ本当に君がなったら国が大変そうだけど。なんとか心に押しとどめて筆をすすめる。彼はこのポスターを豊臣先生から直々に頼まれたそうなのだが如何せん絵心がないから困り果てていたという。まあ人助けだと思って引き受けたもののもちろんただではいやだと条件を提示してみた。彼は嫌々飲み込んだらしかった。彼は次第に飽きてきたのか椅子から立ち上がると教室をウロウロ歩き始めた。石像を見たり、壁の落書きにまゆをしかめてみたり、美術部の作品を物色し始めた。
「あ、それコンクールに出したやつだよ。」
「ふん。」
彼は大小様々なカンバスの絵を見ていくうちに、中くらいのカンバスの中の絵を目を凝らして見始めた。黒く塗りつぶされたカンバスに描かれた赤、白、青の細やかな星星。
「貴様のか。」
「おお、なんでわかったの。」
「裏に名前が書いてある。」
「ああ、なるほど。」
運命だと思ったのになー。特に意味はなくつぶやいたが彼がわざわざこちらを見たので少しだけはにかんで見せた。他意はないよ、笑えば彼はなお顔をしかめる。
「なぜ私を好いた。」
「あは、はっきり聞くんだね。」
「いいから答えろ。」
「さあ、なんでだろう。私が聞きたいくらい。」
「ふざけるな。」
「ふざけてないよ。」
教室は不穏な空気が包み込んでいたけど窓の外の世界はあいも変わらず平穏である。ゆっくりと息を吸い込んで背中を反らせてみる。ちゃりん、とポッケの中の小銭が音を鳴らす。
「あ、ジュース飲む?」
「いらん。」
「そう。私喉渇いた。」
そう言って一旦美術室をあとにしようかと思えば彼はスタスタと教室を出ていく素振りを見せた。
「貴様はさっさとそれを済ませろ。……カルピスソーダでいいのか?」
「ああ、えっと。ミネラルウォーターでいいよ。」
九十円の小さいやつでいいから、という声を最後まで聞くことなく彼は教室から出て行った。帰ってきた時に石田君の手に握られていたのは百十円の大きいやつだった。

2013.01.04.

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