ゼログラビティ | ナノ

02

「なまえ、昨日三成に告白したそうだな。」
「うん、そうだよ。」
「なんでまたこんな時期に、」
「こんな時期だからだよ。家康だって石田くんと付き合うのいいかもなって推してたじゃん。」
「まあなあ。」
黄色いパーカーのフードを学ランから覗かせる好青年はそう言って右折する。天気は晴天、雲一つない。運がよければ今週は流星群が東の夜空で見れるとニュースで言っていた。この調子で一週間過ごせればいいのになあと思いながら空を仰ぐ。彼の家康の背中は広くて私の視界はほぼ真っ黒だ。太陽の光に透けて彼の茶髪がより色素を薄くする。かたっぽの手を空にかざせばうっすら血管が見えた。
「ちゃんと両手で捕まらないと落ちるぞ。」
「うん。」
そう言われて腕をまた彼の腰に回す。坂道を下るとスピードが上がる。風の抵抗はすべてこの大きくて広いがっちりした背中が守ってくれる。小学校の時も、中学校の時も。そして今も。いつもそばにいてくれる。太陽みたいに暖かい。そういえば石田君とは正反対みたいに感じるな。彼はどちらかといえば月っぽい。あんまり青空の下では映えない。眩しい太陽は、彼に似合わない。ひょろひょろしてるから日射病で倒れちゃいそう。馬鹿にしすぎか。
「ん?なんだ、何がおかしいんだ?」
「ううん、なんでもない。」
学校に着いたのは八時十五分すぎだ。少々早すぎたか。二人でそう言いつつもそれでもいつものようにチャリンコ置き場を過ぎ、けだるいあくび混じりに靴を履き替え、家康と一緒に教室に向かう。ぼろぼろにくたびれた上履きを見て家康はそろそろ履き替えたらどうだといったけどそれもいつものようにスルーする。朝の廊下はひんやりと冷たくて新鮮だ。思わず再び盛大にあくびをする。
「手ぐらい当てたらどうだ?」
「いいのー。あくびしたって死なないもん。」
「そうじゃなくて、女子らしくせんと三成に嫌われるぞ。」
「うーん、」
ガラリと開ければ教室にはまだ誰もいない、はずだったんだが。
「あ、」
視界に映ったのは例の金緑と銀。
「おはよう三成。今日は早いんだな。」
噂をすれば影だな、なんてにこやかに言って家康はわざとらしくトイレに行ってくると言ってその場をあとにする。私はやけに落ち着かないようなきがしてバツが悪そうに自分の席へと向かった。私は昨日石田君告白をした。それがたった一夜しか経っていないのに遠い昔のことのように感ぜられて、そうして返事も聞いていないのに口にしただけで満足さえしたのだ。こちらを凝視する彼を横切れば、彼はいつもの低く腹のそこが響くような声でおい、と一言声を掛けた。そして私が通り過ぎるのを静止するように腕を取った。かちり、と私の目と彼の目が合う。私の茶色い瞳の中に、きっと彼が小さく映っている。
「おはよう、三成くん。」
「一体何のつもりだ。」
「何が。ああ、昨日のことか、だから、」
「貴様、本気なのか?」
聞いておいて私の言葉を遮るこの横暴っぷりは本当に感服するぐらいだ。私は思わず苦笑すれば彼は口を曲げた。
「本気だよ。」
そう告げれば彼の眉間のしわは余計に濃くなった。おもしろいなあ、と思う。彼はそれを聞くとそっと私の腕を握っていた手を離した。腕が軽くなるのと同時になんだかさみしい予感がして思わず彼を再び見上げる。ああ、いつもは遠くで見ていたから気づかなかったけど、まつげ以外に長いかも。
「……私には貴様にその気はない。」
「あはは、だと思った。」
「なんだと。」
「いいんだよ。端からわかってたもの。気にしないで、君が後ろめたく思う必要はないんだから。」
なんか、ごめん。そう言って席に着く。彼はきっと後ろで微動だにしていないのがわかる。時間が止まったかのように教室は静かだ。あさってこんな静かなんだな。カバンの中からイヤホンを取ろうと漁る。石田君は今どんな表情しているかなんてわからない。でも少しだけ頬と目の奥がほんのり熱い自分の表情はどことなく想像できた。異ゆあ本を見つけて音楽プレイヤーにつなぐ。でも電源は付けず、ただただそのままでいる。見えないけれど彼も自分の席に座ったらしい。ちらりと見やれば彼は目をつむったまま腕を組み静かに座っていた。相変わらず猫背だった。

2013.01.03.

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